人間なのか!?ロボットなのか!?
手塚治虫ワールド全開!
近未来を描いていながら、遠い未来を感じさせる手塚治虫の世界観は、「火の鳥」などに通ずるものを感じさせます。また、作品そのものにしっかりとしたメッセージ性を込めるのも手塚治虫らしいアニメ作品だと思います。
画風にクセがあり、絶対に崩そうとしない描写に強いポリシーを感じます。何も知らなくても、一目瞭然で手塚治虫の作品だと分かることは凄いことだと思います。こういった部分は、今の漫画家にはない風潮なので、素晴らしいことではないでしょうか。
藤子不二雄や赤塚不二夫にも同じことがいえますので、先代の漫画・アニメブームを支えた偉人たちは凄いと、改めて思うことです。
一般的に「メトロポリス」という言葉を直訳すると、国における文化・経済の中枢を担う大都市を指すそうです。
このアニメ作品における「メトロポリス」とは、世界そのものの中枢を担おうとする野望の物語だと思います。従って、舞台となる場所が「メトロポリス」ということでもないのでしょうか。また、警察や軍隊といった組織の存在が目立ちます。とりわけ、主人公たちは警察側の存在であり、「ポリス」という英単語に捩っていると考えられます。
人間がロボットと共存する世界でありながら、明らかにお互いの力関係が違い、主従要素が強いようです。手塚治虫といえば、他にも「火の鳥」「ブラックジャック」「三つ目がとおる」といったタイトルを思い浮かべますが、どれとも重複することのない世界観だと思います。
根幹部分で、人間という存在の愚かさを描いているのは、どの作品にも通ずるものがあります。手塚治虫が、漫画家として世の中に発信したいメッセージなのだと思います。ただ、「メトロポリス」というアニメ作品には、それぞれの作品にはないオリジナリティーがあり、それは人間とロボットの関係性を強調した内容なのだと思います。
私自身は、「ロボットの人権」みたいなものを、強いメッセージとして受け取りました。
人間の身勝手さ
人間に対して、ロボットの存在を対にすることで、人間の醜い部分を露呈させたかったのだろうと考えられます。その表れとして、人間とロボットを比較する表現がアニメ本編の中で多かったように感じられます。
主従関係においては前述の通りですが、人間に危害を加えないことをプログラミングされたロボットの存在を強調されているように思います。そのことから、力関係は更に一方的なものになり、主従関係は強いものになっていくのだと思います。また、人間を守るために作られたロボットの存在は、その為に自己犠牲することを躊躇いません。そういった姿に、胸を打つものを感じられないでしょうか。
ロボットの存在を美しく描くことで、人間をダメな存在として映しているのだと思います。
また、人間の一方的な理屈で壊されていくロボットは多かったです。アニメ本編で死んでしまった人間より、壊れたロボットの方が明らかに絶対数が多いです。ロボットを悲しい存在として描こうとする原作者の意図の表れなのではないでしょうか。
さらに、人間とロボットの比較として挙げられていたのは、感情の存在です。
人間には感情があることでプラスにも働くが、マイナス作用することを強調されていたように思います。常に冷静な判断ができるロボットと比較して、人間には常に感情が付き纏い、捨てられるものでありません。
その事実を受け入れて、人間は生きていくしかないのです。
ティマの可愛らしさ
「メトロポリス」という作品のテーマを考えると、外見的には、人間とロボットの中間に位置するヒロイン、ティマの存在は大きいものだと思います。そして、物語の中盤までは、自分自身を人間だと認識していました。
しかし、ティマの本質は、人間たちを滅ぼそうとするものに近かったのかもしれません。
これは、ロボットから人間に対する報復のようにも映ります。人間の外見をしたロボットであり、可愛らしい外見ですが、その本質の恐ろしさという二面性を持ち合わせたキャラクターです。
ティマという存在が、アニメ作品におけるテーマやメッセージを決定的にしているように思います。
感情が存在していたティマにおいては、人間らしいロボットだったと捉えることができます。ケンイチを求めるティマの姿は、ティマ自身のさみしい気持ちの表れなのではないでしょうか。さみしいという気持ちも立派に感情です。
また、ティマが黒い涙を流す場面がありますが、あれは悲しい気持ちを表しています。
そんなティマの存在があることで、人間という存在の本質を浮き彫りにしているように感じられます。
ティマに向けられた愛情、友情も描かれていました。そして、対極の感情として、嫉妬や憎悪といったマイナス感情が強調されていました。
「メトロポリス」というアニメ作品は、ティマ目線で描かれています。ティマ目線を通じて人間の本質を描きたかったのだと思います。特に綺麗な部分ではなく、ドロドロとしたマイナス感情を描きたかったのではないでしょうか。
ティマ自身も最後には壊れてしまいましたが、ティマ自身が壊れてしまうことで、人間の醜い部分は強調されるように思います。ティマという存在が、愚かな人間たちの被害者に映るのではないでしょうか。
物語結末には、そんな意味があったのだと思います。
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