「音楽を奏でることのできる喜び」とはなんだろう - カルテット!人生のオペラハウスの感想

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「音楽を奏でることのできる喜び」とはなんだろう

2.82.8
映像
3.5
脚本
2.8
キャスト
3.8
音楽
3.5
演出
1.8

目次

なぜダスティン・ホフマン

2012年イギリス映画。監督がアメリカ人俳優、ダスティン・ホフマンなのですが、舞台はもとより俳優もスタッフもイギリス人で占められているこの作品。なぜにダスティン・ホフマン・・・、と思いながら見ましたが、見終わっても理由は分からず。

憶測ですが、監督にとってはやはり映画のテーマが当事者として実感を持って感じられたから、よりコミットしやすかったという部分はあるのでは、と思います。だからって、いきなりそれまで監督実績のないアメリカ人俳優がいきなりヨーロッパ映画の監督をすることについての説得力のある理由にはなりにくいわけですが。

いずれにせよ、作品の公開当時に74歳だったホフマンにとって、他のあらゆる老人と同様「威厳ある老後」というヴィジョンを彼なりに切実に模索する「お年頃」であったという点については否めないかと思います。そしてその点において、映画の中で描かれた監督の視点というものに、申し訳ないが私はあまり深みは感じられなかったという感想を持ちました。

料理するにはじゅうぶんな良い素材

キャストは老人ばかりですのでもちろん地味ではありますが、マギー・スミスを始め、コアになる「カルテット」の面々はそれぞれ魅力的な役者さんです。

マギー演じるジーンの元恋人だったレジーを演じたトム・コートネイは近作「さざなみ」ではシャーロット・ランプリングの夫を演じて、ベルリンで主演ふたりがそれぞれ主演俳優賞を獲得するという快挙を78歳にしてなしえたほどの俳優ですし、ビリー・コノリーのおちゃめで粋なおじいちゃんぶり、ポーリーン・コリンズのどこまでもほんわかと可愛らしいおばあちゃんぶりもとても良かったです。

特にシシー(コリンズ)はまだらに認知症、という役どころでしたけれども、その不安定で揺れ動く彼女の意識、なおかつ彼女本来の人間の良さが核にしっかりとあるかんじがとてもリアリティーがあって説得力を感じました。そしてもちろんマギー・スミスは安定感をもって堂々たる元オペラの大スターをそつなく演じていました。

そして、この映画の大きな特徴は、イギリス人の成功した実際の音楽家が多数カメオ出演している点です。彼らは映画の随所で素晴らしい演奏を聞かせてくれます。エンドロールでは映画出演時の彼らと、若かりし活躍していた頃の彼らのポートレイトを並べて見せ、感慨深い気持ちにさせてくれます。

ダスティン・ホフマンにとってもここは思い入れのあるポイントであり、引退前いかに素晴らしい演奏者であったとしても、引退後は必要とされなくなり、隠居していた彼らに再びスポットライトを当てることができたということの意義をインタビューでも語っていました。

このように、機会を与えられたそれぞれのキャストはいい仕事をしたわけですし、音楽映画だけにダリオ・マリアネッリを音楽監督に起用し、脚本も原作者のロナルド・ハーウッドが担当し、スムースなものであったと思います。料理するにあたっての素材はじゅうぶんなものでした。

「音楽を奏でることのできる喜び」とはなんだろう

それにも関わらず、いやそれだからこそこの映画については「可もなく不可もないものであった」という印象に終始してしまったのかもしれません。

「老いたからといってお払い箱というのは、間違っているだろう、まだまだやれるんだから」というのは、それはまあその通りですよね、という感じなのですが。

ビーチャム・ハウスのような「元音楽家専用の老人ホーム」みたいなものが果たして実在するのかどうか分かりませんが、「プロの音楽家である」というアイデンティティが彼らを支えるよすがであり、それがそのまま彼らのプライドやハウスにおけるヒエラルキーというものに直結していると感じられてしまうような描き方に、少しもやもやしたものを感じてしまいました。

老いによって多少の下方修正はしなければならないけれど、(そこはプライドに折り合いをつけ、)まだまだ尊敬に価する実力の持ち主が、拍手喝采のなか舞台に立ち、お世話をするスタッフにお世話させていただいて光栄ですと言わしめる。長年音楽と共に生きてきた人にとって、そこを目指し達成することが果たしてゴールなんだろうか、喝采と尊敬を得ることが「名誉な」ことなのかしら、と感じてしまう自分がいて。

もちろん音楽を演奏して観客に喜んでもらうことは素晴らしく、何も悪いことではないので、言い知れないもやもやを感じながら見ていた訳ですが。音楽における「成績」「能力」のようなものが、その人の「値打ちの差」として機能しつづけるということのつまらなさ、面倒臭さ。そしてこれだけの長い年月を音楽とともに生きて来た人にとっての「音楽を奏でられるということの本質的な喜び」とはなんだろう、ということについてなんら深みのある描き方がなされていなかったということに、物足りなさを感じてしまったのだと思います。

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