負け犬は、全くもって負けてない
漢方小説の本質は、実はアラサー女子の自分探し。
30代超え・子供なし・未婚。
『漢方小説』が書かれたのは、"負け犬"という言葉が流行語になった2004年のこと。
"負け犬"は、『負け犬の遠吠え』という酒井順子さんのエッセイがその走りなのだけれど、まさに本作の主人公は、30代超え・子供なし・未婚の"みのり"は負け犬そのもの。
元カレが結婚すると知ったその日から、原因不明の震え(セルフ・ロデオマシーン)に襲われて、4つの病院を転々とすることになるみのり。色んな検査をしたにも関わらず、最終的に、医師たちは口をそろえて、震えを"ストレス"のひとことで片付けてしまう。西洋医学に限界を感じたみのりが5人目の医師に選んだのが、東洋医学のイケメン医師、坂口先生なのである。
東洋医学、漢方、、、なんて聞くと、まさに負け犬が興味を持ちそうな設定なのだけれど、この小説は、『漢方小説』と題しながら、甘草もオタネニンジンもロクミガンだって出てくるけれども、テーマは、漢方じゃない。
人生を駄作だと決め付け、「じゃ、私はいったいどうしたらいいの?」とみのり自身に投げかけるように、その本質は、アラサー女子の自分探しだ。
文章力が秀逸、さすがはプロの脚本家出身。
私自身もみのりと同じ30代だからよくわかる。
私自身は、子持ちの兼業主婦なのだけれど、既婚だろうと未婚だろうと、アラサー女子ならいちどはたいていぶつかったことのある「私はいったいどうしたらいいの?」という壁。
原因不明の震えに端を発し、みのりはこのテーマについて、"青テント"という腹心の飲み仲間に相談していく。バツイチの志保さんやオッサン、同性なのにほんのりときめいてしまう茜ちゃん、鬱病のサッチャン、男として見られない森ポン等々との会話は、ザ・働く大人、ウィットに富んでいて、未婚ならではの軽快なやり取りに、既婚者の私は嫉妬した。
大人な会話も魅力のひとつのこの物語。作者である中島たい子さんは、主人公みのり同様プロの脚本家であるため、本作が小説としてはデビュー作に当たるのだけれど、さすが、文章が上手い。東洋医学を「中国2000年のこじつけ」だと表現したり、鬱に悩む友だちに「底打ちした」と告げさせてみたり。
森ポンに迫られても、冷めた目でさらりとかわすなど、自分のことも、友だちのことも、まるでエッセイを書いているかのように、バッサリとテンポよく切り捨てていく文体は、読んでいて、とても小気味いい。クスリと笑いたくなるような表現がそこここ散らばっていて、言葉の遊び(無駄)が面白すぎて、全然無駄になっていない。
本作は芥川賞候補作にはあがったものの、残念ながら、受賞にはいたらなかった。
短くてさくっと読めるのはいいのだけれど、作品の量に対して、若干省き過ぎて、設定が少し強引になってしまった点が、受賞にいたらなったところではないかと思う。ということで、私も設定、評価の部分を少し辛口にした。
しかしデビュー作とはいえ、文学的に見ても、かなり完成度の高い作品になっているとは思う。
2000年の歴史を持つ東洋医学も、結局のところはストレスに起因。
イケメン医師、坂口先生が「はまるでしょ、東洋医学?」と言ったように、みのりは初めて出会う、西洋医学とはまったく考え方の異なる東洋医学にはまっていく。
自分のからだの中でいったい何が起きているのか、一般向けの東洋医学の本では飽き足らず、ネットで専門書まで手に入れて、自分探しに没頭していくのだけれど、最後のところで、東洋医学の真髄である五臓(心・肝・脾・肺・腎)が喜・怒・思・悲・恐につながっていると気付いてしまう。
喜・怒・思・悲・恐。
西洋医学で言うところの、いわゆる、ストレスのこと。
ストレスなんていう概念のなかった2000年もまえから、"2000年のこじつけ"は、実はストレスとは切っても切り離せないということなのだ。
この本を読んで、漢方の知識が増えるということは、そう期待できない。
しかし、2000年ものあいだに淘汰され、今の形として残ってきた東洋医学や漢方は、2000年という長い歴史を携えて、何となく難しそうで敬遠したくなるのだけれど、結局のところ、現代の多くの大人が頭を抱えて悩むストレスと、根底はそう変わらないことを主張している。
今の時代、負け犬は、全くもって負けていない。
長い自分探しの末にようやく見つけ出したみのりの答えは、「男も欲しいし、病気も治したい。でも、男に癒して欲しくはない」というものだった。
およそ10年まえに書かれたこの作品。
10年もまえなら、あれもこれも欲しくて、でも他力なんて期待しない"みのり"のような女性を、自嘲的に"負け犬"なんて形容したかも知れないけれど、女が自立していて何が悪いというのだ。主婦の私だからこそ、応援したい。負け犬あっぱれ、今の時代に読んでみれば、ちっとも負けてなんかいないと、みのりと同世代の私は思うのである。
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