変わった旋毛を発見したような小さな感動。 - こうふく あかのの感想

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こうふく あかの

4.004.00
文章力
4.00
ストーリー
3.75
キャラクター
3.75
設定
3.75
演出
4.00
感想数
2
読んだ人
3

変わった旋毛を発見したような小さな感動。

4.04.0
文章力
4.0
ストーリー
3.5
キャラクター
3.5
設定
3.5
演出
4.0

目次

カバーイラストがいくえみ綾先生。

上記の理由で購入しました。そしてしばらく寝かせ、存在を忘れかけた頃に何か本を読みたくなって偶然手にした、という大した意気込みもなく欲求もないままページを開きました。本の内容もあらすじもわからず、真っさらのまま読みました。読み始めは言葉がつらつら綴られ、文章のつなぎ目が見えないほど巧妙で気持ちが良かったです。久しぶりの読書とあって私に言葉の流れの心地よさを思い出させてくれました。ゆっくりゆっくり水の中に体を浸し、足に藻が絡んでずぶずぶと気がつけば頭のてっぺんまで飲み込まれて、けれど私は水の中での息苦しさも感じず、体の自由が奪われた居心地の良さに抗えずにいました。西先生ならではの、ということは言えません。なぜなら強烈さに欠ける物語だからです。強力な武器をひとつも持っていない。持つことを必要としていない話だと思いました。生身でぶつかってきているという危うさに、この物語は気がついていないのだな、とその安堵感から飲み込まれてもいたって冷静に物語を見つめることができました。無防備。埋立地のような地盤でよく威勢を放っているなと。見下しているわけではないけれど、主人公が滑稽でなりませんでした。もう一度じっくり読めば可愛さも理解できる愛らしい主人公に姿を変えるのだと思いますが、一読だけでは辿り着けない西ワールドの奥深さを感じました。その奥深さを、いくえみ先生はカバーイラストで描いていて、読む前と後では表紙の味が違って見えます。猫背と、焦点の定まっていない目線と、年相応のしみったれた空気感と。ジャケ買いのような買い方をした自分の勘は正しかったと、読み終えてはっきりと思いました。こういう買い方もあり。

種が違う黒い子ども。

せめて日本人であれば。けれどそれを許さない西先生の厳しさが反対に主人公を救っているのだと終盤では思いました。諦めがつかずに自分を偽り化かし、自己暗示の中で迷走するよりもはっきりと違うという現実があるからこそ見えるものもある。別れを切り出さずに惰性でお付き合いを続けるよりはっきりとお別れを告げる方が優しさだ、とはよく聞く恋バナですが。これですね。突き放された方がよっぽどいい。なじられた方が、殴られた方が、罪に値する罰をはっきりと受けた方が楽だと主人公の奥さんは言います。えらい長く喋る女だと思いました。言い訳をいうことに労力を遣う。私はいつしかそれが無駄なことだと思い、しなくなりました。言ったところで何が変わるわけでもなし、取り返しのつかないことを帳消しにできるわけでもないのです。誤解をとくことがどれほど大変なことか、言い訳を言えば言うほど惨めになることか、私は奥さんに対して冷ややかな目で文章を撫でました。酔いに任せて感情を露わにした主人公は綿矢りさ先生のかわいそうだね?という作品の終盤に似ていると思いました。理不尽な現実は肌の色で可視化します。奥さんから生まれた巨大児は肌が黒く、両親のどちらにも似ていない。はっきりわかる事実が目の前にいる。それを一生見つめること、そして罪のない子だからとこの世に生をもうけた子どもでさえ背負わなければいけない事実で、奥さんはどう思うのか。奥さんが一番罪を背負う図式になるのだろうか、いや、一番不憫なのは主人公で、一番残酷なのは子どもだ。その事実に負けない生き方をすればいい、という楽天的解釈もできるだろうけれど、嘘偽りのでっち上げ話をして洗脳教育をする方法だってあるけれど、どこにこうふくがあるのだろうとはっきりしないんです。どこにも見当たらないのです。この物語でのこうふくの意味がわからないのです。肌の色が黒い子どもがこうふく?人生観が変わったことがこうふく?自分なりの解釈が及ばないため、今は飲み込むだけ飲み込んで、消化できずにいます。

抱きしめて欲しそうに、存在する。

手に取った時に本が私に語りかけました。ここにこうふくがあるよ、読んでみたら?  なんてことはありませんし、書いていてこそばゆい思いです。ですが、私の勝手な読後感ですが、苦しかったの、ずっと苦しかったんだよ、と本が抱きついてきて、ああ、そうか。と抱きしめるわけでもなく頭をなでるわけでもなく、そうか。という感想だけを与えてただ旋毛を眺めているだけというような気分でした。そしてその旋毛が実に変わっていて、どういう渦を作っているのだろうと旋毛のみに興味を抱いてしまう自分がいる、という心境です。物語全体を好きになるというところまで達しておらず、可愛さも面白さも掴めずにいます。むしろ、全体像がまだはっきりと捉えられていないため、どこが愛らしくてどこに愛嬌を感じるのかわかっていないと言ったところでしょうか。近所の噂話をあらまあと相槌を打って聞き流す作業から進化していないため、もう一、二度目を通して、きちんと匂いから醸し出す雰囲気までしゃぶり尽くして、じっくりと味わいたいと思います。
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