単純に物語を観よ
ただただ娘と父親の物語
「もらとりあむタマ子」というタイトルからさぞエキサイティングな少女が現れて、おかしなことを起こしていくのかと考えたり、あのAKBの前田敦子主演映画ということからかなりのドラマがあるのかと大きな期待をして観ると、なーんだこの話、という具合につまらないなと思ってしまう。しかし、タイトルの概念も前田敦子というのも引っぺがして、ただ娘と父親との物語として観ると、タンタンと素朴だけれども1年間のこの親子の記録はどこかほっこりするものがある。すべて余計な情報を取っ払って観れば、冬に自販機で缶コーヒーを買って飲むぐらいの温かい気持ちになれる映画であった。1年間の記録の中で、二つほど気に入ったエピソードがある。
まず、タマ子が就職活動を開始したと言い、それに喜んだ父親がいそいそと高い時計を買ってきてしまうが、本当はタマ子は芸能オーディションを受ける気だったために時計は重荷で、返してきてと怒るシーン。そっと机の上にプレゼント袋を置く、照れくさそうな様子といい、ひたすら返そうとするタマ子に「いいからいいから」という父親の姿は温かく、焦るタマ子の気持ちにもぐっと共感できる。そして、理由を知った時の父親が「向いているぞ」と励まし、恥ずかしがるタマ子のシーンは観ているこちらの照れくさい気持ちをくすぶってくるものだった。
もう一つの気に入ったエピソードは父親の再婚話に伴う一連の流れである。ド定番と言える流れではあるが、それまで見せられてきた親子の記録の積み重ねから、この二人の関係がどう変化するのかという意味ではラストのエピソードとしては申し分ない内容であった。最後に「出て行け」と言えた父親に対し、「よくできました」と返すタマ子。このセリフのやり取りは新しく、そして二人らしい終わり方であったのでぐっとこの映画を好きになれる瞬間であった。
以上の二つが私の気に入ったエピソードだが、それぞれ観るものに必ず一つはほっこりさせられるエピーソドがこの映画には散りばめられている。ハリウッドの大作のような劇的展開もなく、目新しい意外性のあるストーリーでもない、ただただ娘と父親の1年間の記録映画である。主人公の成長という意味では、ほんの少しの成長(というより変化といったニュアンスのほうが近いか)があり、大作映画と比べるとあまり意味のない無駄な映画に思われるかもしれないが、現実ということを思うと、こういった小さな成長の積み重ねこそが本当であり、観るものの身に溶け込む話である。
ほとんどが型内のなか、たまに飛び出してくる演技
前田敦子の演技は世間の一般的な前田敦子というブランドからすると、タマ子のだらしないキャラクターをやりきれていることから、評価は高いかもしれないが、このだらしないキャラクターは型どおりで、その型を丁寧にやっているに過ぎないと思った。しかし、2か所だけ演じ手とキャラクターが一致して、型ではない生々しい演技が観れたところがある。
一つ目は中学生カップルと道ですれ違った時の冷やかしの表情。「ヒューヒュー」といった言葉なしにそれがまじまじと表情にのっかていた。さらに前田敦子自身がそういった場面に出くわした時にするのではないかという表情だと思え、それを恥ずかしげもなくできていたのが良いと思った。
二つ目は再婚相手と会話する父親の悪口のシーン。けなし言葉の吐き捨て具合が、ダメな娘という要素に、悪口を言う嫌な女の要素も加わっており、前田敦子自身のきれいではない部分を垣間見せれたのではないかと思った。
こう一端に前田敦子に関して評価をしてみたが、私は彼女の出演作は「苦役列車」と「さよなら歌舞伎町」しか観たことないので、そこまで詳しいわけではない。ただ本作に関してその二作と比べて評価できることは、前田敦子のやっている感のない、根から出るもの、本人が持っている持ち味を出せたのではないかということである。逆にもっと出せればもっと面白かったのではないかとも思った。山下敦弘監督のアイドル映画
本作でタマ子がオーディションに応募するというのは、前田敦子自身に被さる話であったが、この翌年に公開された山下監督の「超能力研究部の3人」という作品を観たうえで思うのは、山下監督の役者の生き様を大切にする姿勢を感じる。特にアイドルにおける「何もない私」という問題をどちらの作品からも観れて、とても考えさせられた。本作に関してのレビューなので、そちらにはこれ以上触れず本作に関してより見ていくが、履歴書に書いた「名をください」といった「演じる」ということに賭ける、自己を捨てたいという思いは他人ごとではない話である。若さゆえという言葉で片付けられるかもしれないが、一生付きまとってくる自己という存在を考えさせられる。履歴書という短いシーンではあるが、前田敦子というアイドルが演じていることにより、観る人には物語を超えて考えさせられる構造になる。こういった試行が生き様を大切にし、物語を超えて観るものに問いかけを与えるものであるだけに、山下監督流石である。
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