臭くない、味わい深い映画 - Love Letterの感想

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臭くない、味わい深い映画

4.04.0
映像
3.0
脚本
4.0
キャスト
4.0
音楽
4.0
演出
4.0

目次

しみったれた葬式にしない

しみったれた葬式にしないで、淡々とした葬式シーンにしているのがこの作品で、私がぐっと惹かれたポイントである。

まず、冒頭の幻想的な雪の中での葬式シーンは渡辺博子があまりにぼーとしており、周りの美しい雪の景色に溶け込みすぎてしまい、婚約者を亡くしたというより、口は悪いが頭がただ弱い子のように見えるだけであった。さらに、義母の様子も淡々としていて、果たしてこの葬式は誰のものだったのだろうかと疑問のまま冒頭のシーンは過ぎていく。しかし、この演出によって後の、博子と義母が葬式から2年後に二人でアルバムを見ながら泣くシーンが、ぐっと効果的に観る者を引き込んでくれることになる。中学生の子に対して嫉妬してしまう博子の様子をどやしつつ、そんなに息子を思い続けてくれていることに堪えられなくなってしまう義母。そして、それにつられ、今まで我慢していたものが一気に噴出する博子。思わず観ているこちら側も泣けてしまうシーンとなっている。やはり、葬式当日にしくしくと泣く様子のシーンを観るよりも、時間経過の後に他愛もない会話の中で流してしまう涙の方が人の心に突き刺すものではないだろうか。なぜなら、葬式の日に悲しみで泣けるのは喪ったことに対して自覚がある行為で、本当に喪った悲しみが大きい場合、現実を受け止められずに、泣けないのである。ここまでのシーンの積み重ねで、博子にとって婚約者が如何に大事な存在であったのかをまじまじと魅せられ、ぐっとここで着地したと思う。そして、同時に彼女がようやく現実を受け入れ始めたことに嬉しさがこみ上げた。こうした魅せ方が見事だと思った。

また、藤井樹の父が亡くなった時の葬式シーンも同様に簡素に描かれているのが、良かった。病院でのシーンでは緊迫していたが、葬式の時には棺桶を倒してしまったり、彼女自身も気楽な雰囲気でその後を過ごした様子が映されたり。ラスト前という事もあり、開放的に描くのは当たり前なのだが、冒頭のシーンの葬式で飲みたいだけの連中や、夜の墓に遊びに行ったりしようとしたり、結局は葬式は悲しむ劇的なものというより、業務的なものであったり、イベント的なものである方が、とてもリアルで臭くない。臭くしない手法が生き生きとした物語を紡いでいき、本作を魅力的にしている。

中山美穂の正反対の役の演じ分け

中山美穂が渡辺博子と藤井樹の両方の役を演じるているのだが、どちらも大事にしている演技がこの作品の魅力である。大抵においては、おしとやかで弱さを抱えている渡辺博子と、どこか垢ぬけた元気な藤井樹とでは、どちらか一方の役が得意でそっちの役ばかり役者に馴染んでしまい、もう片方の役がどこか浮いてしまうことがありがちである。しかし中山美穂はこの正反対の役を見事に演じ分け、観ていて別の役者が髪形を似せてやっているのではないかと勘違いをおこしそうな程であった。そして、何より良かったのが、藤井樹の明るさである。どうしても動き出せない博子の背中を押してくれると樹の明るさは期待できるだけに、二人のつながりが切れてしまうときには切れないで欲しいと思えたし、会いに行くシーンでのすれ違いには観ていて早く二人が会って欲しいとドキドキした。小樽シーンの演出が岩井俊二監督のやりたかったことだと思うし、効果的に観る者を引き込み、過去シーンとの行ききをしやすくしたと思う。二人が直接会わずに、手紙のやり取りだけで物語が加速していくのが、「Love Letter」と題するだけに、申し分ないアイディアであった。手紙の文章のやりとりでは怠くなってしまう危険性も、樹の明るさが物語の軌道をいい方に持っていったと思う。

臭くしない絶妙な脇のキャラクター達

「Love Letter」というタイトルだけに観る前には相当ベタな話を想像し、心して臨んだが、嫌気がさすことなくラストまで惹きつけられ楽しめたのは、渡辺博子と藤井樹が一人二役というのと、藤井樹という同姓同名がいたという、掛け合わせのミステリー的展開にドキドキしたのは勿論、スパイスのきいた三人の脇役の存在が本作の楽しみどころを広げたと思う。

まず、一人目が樹のおじいちゃんである。博子が樹の家に行ったときに、秋葉がおじいちゃんのことを「クレイジー」だと称したが、そのクレイジーさは田舎のおじいちゃんの特徴を極端にしたもので面白かったし、愛らしさがあった。樹が熱で倒れた時の母親とのやり取りではクレイジーさ故に不安を感じたが、担いでいく姿は思わず頑張れと応援したくなり、翌朝の寝ている姿にはこの映画の柔らかさがにじみ出ていたと思う。

続いて、二人目は樹の中学の天敵、及川早苗である。視線の若干いちゃっている感が中学生にしてはやばい。からこそ、とても面白い。彼女の発言や動向は予想外過ぎて、飽きさせない。図書室で男の樹に告白するときの樹を巻き込む煩わしさにはよくみる定番さはありつつも、彼女故にどこかおかしく楽しめた。さらに傑作なのが振られたときにワンワン泣くのではなく、本棚にうな垂れて立ち「これの繰り返しよね」という発言を残したのは最高であった。あっぱれ、及川早苗である。

そして、もう三人目は梶親父である。出のシーンがまず美味しすぎるし、博子と秋葉の気まずい雰囲気を崩してくれたこと思うとぐっとこれまた愛らしいシーンであった。梶親父と秋葉の会話から事件をきっかけに正反対に生きている二人の事が分かったのはぐっと良かったし、博子が吹っ切れるシーンの落としどころとして梶親父の眠たげな顔で終わるのがじーんとくる、にくい演出であった。

三人とも臭い演技がなく、物語の前半でおじいちゃん、中盤で及川早苗、終盤で梶親父という風にこの絶妙なキャラクターたちがバランスよく出ることで、物語に面白さという味が加えられ、、本作をとても美味しくしたと思う。

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