「百万円と苦虫女」レビューと考察
リアルなようで、少しリアルじゃない、ストーリーの魅力
ひょんなことから罪を犯してしまい前科者となり、自分を知る人がいないところへ行き、ひっそりと暮らす。
このあたりは現実にもあり得る話ですし、女性が何らかの理由で街を転々としていく設定は、日本版の「マイブルーベリーナイツ」といった感じ。
想い人に手紙を書くノラ・ジョーンズと弟に手紙を書く蒼井優の印象が重なります。
しかし「マイブルーベリーナイツ」では初めから現実的な「街」や仕事を転々としているのに対し、今作では海へ山へ。なかなかできそうでできない場所の選択をしている鈴子を観ていると、つい自分も放浪したくなってしまうような内容です。
そして序盤の様子を見ると、「マイ〜」の方が「逃げている」という印象が強く、仕事の中で何かを強かに学んでいくのに対し、今作は地元では「強い女子」のイメージが強いものの、転々とする際は暗に「百万円貯まったという理由を盾に逃げている」といった、逆の流れという印象を受けました。
結果、設定や流れのテンポが「マイ〜」に似ているものの、雰囲気や感触が違っているので問題なく楽しめましたが、気にしてしまう人も多いかもしれませんね。
キャストも個人的に好きなメンツが揃ってますし、鈴子と中島君以外の主要登場人物が、転々とする鈴子を暖かく迎えるように、少し気の抜けた明るさで鈴子の周りを「さりげなく」彩っているところが、人の優しさを表現しているようで好印象でした。
唯一ストーリーや流れに口を挟むとすれば、海の街での人間模様がもう少し長くても良かったし、あのままもう少し恋愛モードに入って、鈴子がいづらい雰囲気にしても良かったのかなと思うのは僕だけではないと思います。
現代人の多面性をうまく表現した蒼井優の演技力
序盤の地元の人間や弟に対してみせる姉御肌な部分、仕事はしっかりこなしている様子などの強い部分を見せながらも、プライベートでは人見知りだったり、恋人に少しデレてみたりと、現代人を一つの角度から見ただけでは捉えられないこの「多面性」を、わざとらしくなく素朴に自然に表現している蒼井優さんの演技力とキャラクターに脱帽です。
たとえば普段友人と接しているときにはその友人の「自分と接しているときの友人」しか見えませんし、それが逆の立場でも同じだと思います。両親の前の自分と恋人の前の自分が同じなわけがないですしね。映画としてキャラクターを作ったときには一貫してキャラ位置が決まってしまいそうですが、今作ではリアルに沿った見せ方をしてくれた鈴子=蒼井優にすごく親近感を感じます。
海の家でナンパされる前の「うるせーなー」のつぶやき、桃娘のプレッシャーと、山奥に観光気分で移住して罪悪感を感じるところ、ホームセンターのバイトでお客さんに質問されテンパる描写など、さりげないところで鈴子のキャラ位置を視聴者の「リアル」に近づけ感情移入を誘うところは、つくづくスキがないなーと思いました。
作品全体を通して良い雰囲気を作りながらも、ゆるすぎないテンポや細かい描写を挟み、絶妙なバランスで成り立っているなと思います。
極め付けが主題歌を歌うクラムボンの原田郁子さんの独特な声。あの雰囲気と空気感にヤられてTSUTAYA でクラムボンや郁子さんのCDをレンタルした人は多いんじゃないでしょうか。
僕もその一人です。
最後の「来るわけないかっ・・・」に込められた女子のリアル
僕はこの最後の鈴子のセリフに鳥肌が立ち、これがきっかけで今作を友人に口コミで広めまくる結果となりました。
中島君と思惑や想いがすれ違い、そんな中地元で懸命に生きる弟の手紙に感銘を受け、街を去り新たなスタートを切る決意を固めたように見えた鈴子。
最後に駅で街を振り返り、心の中では再出発の決意を固めているものだと、観ていて完全に思っていました。
からの最後の、
「来るわけないかっ・・・」
完全に騙されました。良い意味で。
数分前に弟の手紙の描写があったので、完全に姉貴モードだと思っていた中で、乙女モードを見せられてしまったらキュンキュンが止まりません。
そしてそのまま中島くんと再会できたのかわからないままエンディングが流れ始めた瞬間僕は、
「えぇ〜〜〜〜!?」
と思わず叫んでしまいました。(笑)
表面上は未練を断ち切り、新しいスタートを切ろうとしているように見えて、実は心の中では「もしかしたら・・・」という希望を捨てきれないという、年頃の女子のリアルを絶妙な隠し味で料理してくれました。
別れた直後は男性より女性の方が未練を引きずると言いますし、女性から見た共感度は僕以上だと思います。恋愛モノの映画が好きとはいうものの男性の僕がこんなにキュンキュンしているのですから(笑)
後半のみの登場でしたが、重要な役を務めた森山未來さんの演技力はもう言うまでもありません。
ほんと森山さんは万能選手ですよね。
恋愛も友人関係も仕事も、全てが思うようにはいかないですし、出会いがあれば別れもある。だからこそ新たに出会えるドラマがあるといったことを、リアリティあふれる描写と独特の雰囲気で表現してくれた今作は、新たなスタートを切るタイミングに観たい観せたい素敵な作品だと思います。
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