現代との死生観の違いを感じる体験 - 第七の封印の感想

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現代との死生観の違いを感じる体験

4.34.3
映像
4.2
脚本
4.0
キャスト
4.1
音楽
3.5
演出
4.5

目次

ベルイマン監督の最高傑作のひとつ

1957年スウェーデン映画。偉大なイングマール・ベルイマン監督の作品の中でも特に傑作として名高く、監督自身も愛していたと言われる作品。古い時代の映画はえいやっと気合いをいれてたまに見る程度です。今回、たまたま見る機会があって、面白く見ましたが、既に語られ尽くしてきただろうと思われるこの作品について、自分ごときがパブリックなスペースで何かを書くのは何かちょっと畏れ多いです・・・。あえて作品本体以外何の情報もなしに、ごく個人的なレビューと割り切って書いてみたいと思います。

冒頭は、荒々しい海辺のシーンから始まります。全く台詞のないシーンがしばらく続きます。およそ60年前の作品ということもあり、冒頭の役者の動きは何か非常に芝居がかったかんじで、おっと見続けるのが苦になってしまうかな、と一瞬危惧したのですが、唐突に死神が登場する、そのインパクトで一気に作品に引き入れられて行きます。

何もCGとか駆使しなくっても、出し抜けに目の前に唐突に現れる黒装束の死神にはぞくっとするような怖さがあります。CGを駆使するのより、却って怖いくらいです。この時代の映画音楽は大仰なものが多く、この作品も音楽で怖がらせるシーンはいくつもあるのですが、冒頭のシーンにおいては、無音で非常に不条理な感じでいきなり至近距離に気味の悪い死神が立っている。シンプルでありながらとても逃げられない、という恐怖をかき立てられる登場です。

そこでのマックス・フォン・シドー演じる騎士アントニウスとのやりとりの魅力。ただ死を恐れみじめに命乞いをするのではなく、挑むように死神に取引を持ちかけるアントニウスの超然としたふるまいに惹き付けられます。

洋画邦画に関わらず、このような古い時代の名作を見ていてたびたび痛感させられることは、画面に登場する人間たちの迫力が今よりももっとずっとあるということです。役者たちの、人間としての輪郭がすごく際立っているというか、ビビッドです。目の輝きや、人としての気迫のようなものが画面を通してとても伝わって来て、しばしば圧倒されてしまいます。私が古い映画を見るのに気合いを要すると感じるのは、古いがゆえの飲み込みづらさと共に、そういう部分もあると思います。しかし、比するに現代の人々は、ぼやけて、薄まっているのでしょうか?このような作品を見た後では、少なからずそうだ、と思ってしまう自分がいます。

迫力のある人間の姿、生々しい人間の核をむきだしにする

60年も違うと、死生観も全然違いますし、人としての基本的な振る舞いといった、前提がかなり異なっているので、色々な部分ではっとさせられます。

この作品は、ペストが蔓延し簡単に人々が死んでゆき、魔女狩りが日常的に行われるなど不条理に人間が簡単に殺される時代の物語であり、現代よりも死は避け難く身近で、人はそれに対してとことん無力だったということがありありと伝わって来ます。

そのような中で人々はどのような心持ちを持って行き抜いていくのか、ということを様々な種類の人間を登場させながらベルイマン監督は描いてゆきます。

狂信的になる人々。弱肉強食に身を委ねる人々。刹那的な快楽に溺れる人々。心を閉ざし、虚無を生きる人々。力の強い者、弱い者、奪う者、奪われる者。圧倒的に、残酷にそれらの人間は描かれていて、とても怖いし、人間の核がむきだしになったような生々しさに心を奪われます。そしてどうあっても、その誰もが等しく死の影から逃れることはできない。

いや、作品では例外がひとつだけ示されています。ある旅芸人の家族です。若くはつらつとした妻、ようやく歩き出したばかりのまるまると太った可愛らしい赤ん坊、ちょっとロベルト・ベニーニみたいな、愛嬌があり腕っ節は弱いが、家族を実直に愛する道化師の夫。この夫は、真っ直ぐな心を持っていて、心の目とでも言うべき目で、聖母マリアや死神を見ることが出来る人です。その心の目で、アントニウスに死神が取り憑いていることを見破り、彼の元から静かに逃げ去る。アントニウスも、それを分かって、死神の目を逸らし、彼らを無事に行かせてやるのです。

やがて、アントニウスの一行は旅を終えて、故郷の家に辿り着く。ペストで死に絶え、あるいは人々が逃げ出したせいでもぬけの殻になった故郷の家で、彼の妻はひとり静かに帰りを待っていた。そうして一行が皆で晩餐を取っている時に、とうとう死神が現れ、彼らは等しく「終わり」を告げられます。

一方、旅芸人の一家は、おんぼろの幌馬車で身を寄せ合うようにして嵐をくぐり抜け、死神から必死に逃げてゆきます。そしてやがて夜が明け、鳥の声で目覚めて幌を開けると、そこはひらけた海岸沿いの丘の上で、暖かな陽が射す草原の上で彼らは笑顔を交わします。

その希望の感覚に包まれた次の瞬間、旅芸人の夫はまたも心の目で死神の姿を捉えます。丘の稜線に沿って、死神を先頭に一列に手を繋いで踊るようにどこかへ去ってゆくアントニウスの一行の姿を。

夫がその様子を語ると、妻は明るく「また幻覚を見たのね」と笑います。彼も何も言わず、踵を返し、一家は明るい日射しの射す方に向かって歩いてゆきます。かすかに聞こえる賛美歌の調べと共に。

緻密に考え抜かれ、優れて深みのある作品

一見芸術的な構成で、理解しにくい部分も含まれているように思えるのですが、こうして書きつつ整理してみると、ひとつひとつのシーンが非常に緻密に作られていることに改めて気付かされます。哲学的に、考え抜かれてそこに至っていうことが見えて来て感嘆させられました。

最後の晩餐のシーンでの、死神を認めた時の少女の目を見開いているような、ほっとして微笑んでいるような独特の表情は忘れ難いです。そしておごそかに順に名を名乗っていく場面。それが一体何を意味するのか、私には分からなかったけれど、等しく死にひれ伏すという感覚は、現代では失われてしまった感覚のように思え、考えさせられるものがありました。

60年前のモノクロの映画でしたが、ちっとも気が緩む事無く、一気に見通しました。体力は使いますが、やはりこういう古典を時々は見なければいかんな、と改めて思った次第です。



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