きのう何食べた?
人はパンのみにて生くるにあらず
ゲイカップルが家庭料理作って食べる漫画です(バッサリ)。
一文で表現すればその通りなのですが、希代のストーリーテラー、よしながふみ氏の手にかかったら一筋縄ではいきません。映像化もされた「西洋骨董洋菓子店」「大奥」で有名な作家さんですが、この人の作品からは何やらただ事ならぬ、食に対する偏執的執着が漂ってくるんですよ。それこそ前世に飢えて命落としたのかと疑わんばかりの(^_^;)
都内の法律事務所に所属する、シロさんこと筧史朗はイケメンで堅実な弁護士。ゲイであることを世間に隠しつつ老後のために日々倹約に励み、ひと月の食費を二万五千円でやりくるすることに執念を燃やすおっさんです(なお、物価上昇その他の要因に抗えず、最新刊では三万円にup)。ケンジことオトメな美容師の矢吹賢ニは、シロさんが手際よく作った晩ご飯を一緒に食べることを、無上の喜びとする同居人。世間にお料理漫画は数多あれど、この作品が異色なのは主人公が同性カップルであることに尽きます。シロさんが安っすい食材を駆使して作るビンボ臭…(ゲフンゲフン)家計に優しいレシピの調理過程は、実際の調理現場を絵に起こし、作り手のモノローグという形で説明されます。テレビの料理番組の手法を取り入れたようで、これが滅法分かりやすい。
各エピソードの料理パートはシロさんメインで担当しますが、時にはケンジだったり、スイカのシェアで知り合った料理上手の主婦・佳代子さんだったり、ゲイ友達?のジルベール、ケンジの美容師仲間のタブチくん、帰省した時はシロさんのお母さんだったり様々です。最新刊では弁護士事務所の事務担当、新婚の志乃さんが一生懸命考えたヘルシーな食事を、旦那さんが本当に嬉しそうに食べるエピソードが良かったなぁ(*´ω`)。
縁は異なもの味なもの
基本のドラマ構成は、日常パートの前半とお料理パートの後半。波風の立たない生ぬるい世界ではなく、誰もがごく普通に遭遇する、とても身近な出来事なども描かれます。法曹界を目指してドロップアウトしたらしき経験をもつ作家さんなので、弁護士事務所に持ち込まれる案件はとても興味深いですね。卓越した言語感覚が駆使されたユーモア溢れる作品なのですが、時おり差し込まれる深刻なエピソードは深く胸に刺さります。
「両親にはびた一文だって渡したくない」背筋が寒くなるほどに辛辣な台詞です。自身もゲイで、ケンジを通じてシロさんに遺言書作成を依頼したテツさんの台詞ですが、その言葉以外のに家族背景は語られません。ただ、実業家であるテツさんには相当な資産があるだろうこと、現在のパートナーのヨシくんに全財産を渡すため、養子縁組の予定であること、おそらく彼を苦しめ続けてきた両親が田舎で健在であること。そして50歳代と思われる容貌から、もしかしたら親より先に他界する可能性がくみ取れてしまいます。本当にドラマづくりが巧い人なんだなぁ…。
そしてそんなリアルに重いテーマを扱った時でさえ、彼らに美味しそうにご飯を食べさせることを、よしなが氏は忘れません。冗長に説明されるより、視覚的演出と選び抜かれた台詞の一文のほうが、より効果的であることをよくご存じのようです。単行本4巻掲載の25、26話以来登場しない二人ですが、個人的にぜひその後を描いて欲しいと思っています。
人間万事 塞翁が馬
シロさんは自分の性的嗜好を職場には明かしていません。連載当初は両親を疎んじていた描写がありましたが、過去にゲイであることがバレて家庭が崩壊しかけたことがトラウマだったようです。そんな彼を諌めたのは、自身も家族と疎遠になっていたケンジです。それなのに、歩み寄ろうとした両親の提案でケンジを実家に連れ帰ると、それが原因で寝込んでしまったお母さん。シロさんはさらに実家から距離を置くことになってしまいます。まこと人生はままなりませんな(-_-;)。
漫画の時間の流れは現実世界とシンクロしています。連載当初は40歳代だった二人も早や初老というお年頃。やや自意識高く見栄っ張りなシロさんは自己管理でそれに抗います。お腹が出て来たケンジはジムに通いはじめ、髪が薄くなったことを気にしてへアスタイルを変えたりもします。
彼らを取り巻く環境や人々も、年月と共に変わって行くさまが手抜かりなく描写されます。娘に孫を任せられ、てんてこ舞いする佳代子さんや、浮気性の旦那にとうとう愛想をつかし、別れるための準備を着々整えるエステティシャンの玲子さん。美容室のメンバーも独立したり新人が入ったり、とにかく細部に目が行き届いた演出が細かいこと細かいこと。とても実写ドラマ向きな作品だと思うのですけど、設定が設定ですからねぇ。「西洋骨董洋菓子店」ではそのゲイ設定、無かったことにされてたと思います。
ゲイであることを知られたくないためか、シロさんあまり交友関係は広くありません。好みのタイプじゃないケンジと同居を決めたのも、老後の独り身のリスクを避けたかったから。でもお料理を通して、なんだかんだと付き合いが増えて行ってるんですよ。マンションのオーナーさんにも知られてしまったことですし、職場でのカミングアウトも近いのじゃないかしら?
ちなみにお母さんの入院・手術を切っ掛けにシロさんは両親と和解し、今度は年老いた両親のいる実家にハウスキーパーよろしく頻繁に戻って親孝行に勤しむことになっています。ケンジも父の死を切っ掛けに、疎遠になっていた実家で家族団らんを味わったり。未だ彼らにとって世間の空気は世知辛いですが、少しずつ好転する問題もあるようです。佳代子さんが言う、時間ぐすりというものなのでしょうかね。
連載はまだまだ続いていますが、ホント、とても愛おしい作品なんですよ。
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