ポーランドの苦悩の歴史を描き続ける社会派の巨匠アンジェイ・ワイダ監督の「大理石の男」 - 大理石の男の感想

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大理石の男

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ポーランドの苦悩の歴史を描き続ける社会派の巨匠アンジェイ・ワイダ監督の「大理石の男」

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このポーランド映画「大理石の男」は、1957年の"第二次世界大戦中にファシズムに抵抗し、ポーランドの首都ワルシャワで蜂起した若い男女が地下水道に潜り込み、悪臭に満ちたガスと泥水の中で無残にも死んでいく姿を怒りを込めて描いた「地下水道」"と、1958年の"ソビエト軍によって解放されたポーランドで自由主義の抵抗派の若者が国家に幻滅し、テロリストになって新政府の要人を暗殺していくさまをストイックに描いた「灰とダイヤモンド」"で知られる世界的な社会派の巨匠アンジェイ・ワイダ監督作品です。

アンジェイ・ワイダ監督は、1950年代にポーランド映画界の新しい旗手として颯爽とデビューしましたが、彼の映画は、ポーランドの社会構造に鋭いメスを入れ、社会主義下の人間と自由の在り方を追求して止まない作風の映画作家です。

この「大理石の男」は、ソ連のスターリンの影響下におかれていた1950年代のポーランドを対象に据えていて、脚本は1963年に完成していましたが、撮影が実際に開始されたのが1975年であり、ポーランド国内で公開されたのが1977年と苦難の末に公開にこぎつけています。

1977年の公開の際にも様々な圧迫を受け、当時のギエレク第一書記に直談判して上映禁止の動きを阻止したとの話が残っています。 そして翌年の第31回カンヌ国際映画祭にて国際批評家連盟賞を受賞しています。

ポーランドの政治を内部告発したアンジェイ・ワイダ監督の勇気と芸術的な表現力は、国際的にも"歴史を見る眼の障害物をなくした"とか、"スターリン時代の錯誤、著しい犯罪を描き出した"などと高い評価を受け、ポーランド国内での反響も大きく、当時の人口3,500万人の国民の約1割もの人々が公開後3カ月以内にこの映画を観たという事です。 映画館の数が少なかったポーランドにおいてこの数字は驚異的な記録で、当時のポーランド国民の熱狂・共感の凄さがうかがえます。

映画「大理石の男」は、1976年のポーランドの映画大学の女子学生アグニェシカ(クリスティナ・ヤンダ)が卒業製作として初めてのドキュメンタリーのTV映画を撮る事になりました。 彼女の選んだ題材は、今ではなぜか誰も口にしない1950年代の話で、建設途上だった当時の社会主義体制を調査するため、博物館へ行った彼女は、博物館内に放置されていた大理石の彫像を発見します。

それは第二次世界大戦後のポーランドで最初の大規模なプロジェクトの建設に従事した煉瓦積み工のビルクート(イェジー・ラジヴィオヴィッチ)の彫像でした。 博物館内に放置されていた1950年代の労働英雄であった「大理石の男」ビルクートが、"なぜ、どのようにして世の中から消え去っていったのか"という謎を追っていくドキュメンタリー的な手法は、スリラー的な興奮に満ち溢れていて、まるであの映画史上の名作「市民ケーン」(オーソン・ウェルズ監督)を連想させる見事さです。

アグニェシカは、この労働英雄の事を調査するため、当時のニュースを見たり、生き証人へのインタビューに行ったりします。 しかし彼女のドキュメンタリーの「ある季節のスター」製作にはなぜか国営のTV局の圧力が次第に加わってきます。 その圧力をはね返して真実を追求する彼女の姿を通して、アンジェイ・ワイダ監督自身の希望と抵抗の姿勢が、二重構造になって浮かび上がってきます。

調べていくうちに、労働英雄としてもてはやされたビルクートは、煉瓦積みのデモンストレーションに参加している時に、誰かが熱く焼けた煉瓦でひどい火傷を負う事件が起こり、彼の同僚のヴィテックが疑われ逮捕されます。 ビルクートは、親友のために弁護を行ないますが、二人とも刑務所へ送られてしまいます。理由は謎のままです。

アグニェシカが現在のヴィテックを追跡調査すると、彼は1956年に釈放され、今ではかなりいい地位についている事が判明します。 ヴィテックにビルクートの事を聞いても彼は言葉を濁して答えようとしません。 次にビルクートの別れた妻に会いに行くと、二人の間には息子のマチェックがいて、彼にも会いますが、依然としてビルクートの存在は不明のままです。

結局、ビルクート本人が見つからないとの理由で、TV局はこのドキユメンタリーをボツにします。 しかし、果たしてそれだけの理由でボツにされたのか? 何か見えざる手が動いたのではないのか? アグニェシカは、TV局に抗議して製作したドキュメンタリーのフィルムの引き渡しを要求しますが、拒否され、そこで映画は、真相を霧に包んだまま幕を閉じます。 真相は闇の中に消え去りました--------。

この真相が明らかになるのは、4年後の1981年に公開された、同じアンジェイ・ワイダ監督の同年のカンヌ国際映画祭にてグランプリを受賞した「鉄の男」で描かれる事になります。 映画を観終わった後、祖国のために戦ったポーランドの人々が、第二次世界大戦後に味わったであろう"挫折感と時代に取り残された疎外感"というものを、いつも冷徹だが優しい共感を寄せて映画を撮り続けるアンジェイ・ワイダ監督の映画人としての凄さ・素晴らしさを感じました。

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