性を通して人間の精神と肉体の在り様を、乾いた文体で描き、人間の本質を見つめる作家・吉行淳之介の初期の名作「娼婦の部屋」 - 娼婦の部屋・不意の出来事の感想

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娼婦の部屋・不意の出来事

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性を通して人間の精神と肉体の在り様を、乾いた文体で描き、人間の本質を見つめる作家・吉行淳之介の初期の名作「娼婦の部屋」

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日本文学史上において、"第三の新人"と言われた、安岡章太郎、庄野潤三、遠藤周作らとともに、私の大好きな作家・吉行淳之介の初期の短編小説「娼婦の部屋」を久し振りに読んで、あらためて、吉行文学の素晴らしさを再認識しました。

椎名麟三、野間宏、武田泰淳、堀田善衛、三島由紀夫らの、いわゆる"戦後派"の作家たちは、従来の古い文学に対して、著しく反抗的であり、人間性の回復を求めて、のたうちまわるような傾向があり、作品のきめは荒々しく、どぎつく、私小説的な日本文学の基盤に、西欧風の現代小説を、半ば強引に移植しようという、冒険的な野心に自己の文学的使命を賭けていたと思います。

つまり彼らは、それまでの日本文学の主流であった"私小説"を否定し、日常的な"私"から抜け出して、社会的な構想の中に、自己の思想を表現しようとしていたのだと思います。

これに対して、吉行を含む"第三の新人"群の作家たちは、"戦後派"の作家たちのように、肩を怒らせて突進するような事をしません。
そんな事は、照れくさくて、たまったものではないと思っていて、彼らは自己の身を置くのにふさわしい場所まで退き、こじんまりと、なおかつ、ちまちまと"私"というものを守る事によって、作品に投影させ、その結晶に心掛けているように思います。

そして、彼らの小説に登場する主人公に共通しているものは、自信もなければ、自虐もなく、変な自己陶酔といったものもない"自我"です。まるで、空虚そのものなのです。

"第三の新人"の作家たちの、"戦後派"の作家たちとの決定的な違いは、少年時代から軍国主義の風潮の中で育ち、彼らの多くは、学徒動員で戦争に駆り出された世代に属しているという事です。
したがって、日本の国家や社会、また国家の始めた戦争に対する、冷静な批判力を養う余地があまりなかったという事です。

そして、これらの時代の風潮に対する抵抗は、臆病者、怠け者、道化者、要するに仲間はずれとし、自己を規定する事で、己が身をそらす以外には、自己のアイデンティティを見い出せなかったのだと考えられます。

この新潮文庫版の「娼婦の部屋・不意の出来事」という、吉行淳之介の初期の短編集には、計13編の短編が収録されていますが、この中では「娼婦の部屋」「不意の出来事」「鳥獣虫魚」の3編が、その短編小説としての完成度の高さから、何度も繰り返して読むほど、大好きな作品です。
特に「不意の出来事」は、新潮社文学賞受賞の名作として、日本文学史上にその名が刻まれています。

そこで、今回は「娼婦の部屋」についてですが、この小説の主人公の青年は、現代の社会から疎外され、孤立した人間として、娼婦の部屋に辛うじて自分の安息できる場所を見い出しています。
自分が生きているという確証を得られるのは、ここだけだと言うのです。

"愛する"という、わずらわしい人間関係に追い込まれる事なく、軀と軀(この軀という表現が吉行文学を理解するキーワードのひとつ)の触れ合う行為だけで、人間的な関わり合いを実感できるのです。
だが、それさえ、まもなく不可能になってしまうのです。

何故かというと、本来、彼の生き方からすれば、あってはいけない事なのですが、主人公は娼婦を"愛する"ようになり、そうなると、彼女の疲労の原因になっているらしい、未知の男に対して"嫉妬"を覚えずにはいられなくなります。

主人公は、その妄想を払いのけようとして、わけもなく苛立っている自分に気づき、娼婦の部屋が、もはや彼にとっての安息の場所ではあり得ないという事を悟るのです。

娼婦との関係の違和感を通して、例えば"組織と人間"の問題にしろ、あくまでも肉体化されたものとして、鮮烈に描いているのです。

本来の普遍的な、社会的なテーマが、吉行独自の文学手法である、潔癖なまでに自分の感受性に溶かし込む事によって、見事な表現を獲得しているのだと思います。

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