「ぼくらの」の世界 - ぼくらのの感想

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ぼくらの

4.334.33
画力
3.33
ストーリー
4.00
キャラクター
3.67
設定
4.50
演出
4.33
感想数
3
読んだ人
7

「ぼくらの」の世界

4.54.5
画力
4.0
ストーリー
4.0
キャラクター
4.5
設定
4.5
演出
4.5

目次

パイロットに選ばれる可能性


この作品でパイロットに選ばれた子供たちは、みな地球を救うためにロボットに乗ることに対して適性があると判断された子供たちである。しかしそれは唯一無二の特性と言うわけではない。読者の中にはきっと子供たちのだれかに自分と似た性格、生い立ちをしている人物を見つけたことだろう。例えば、やっているスポーツ、家族との関係、地域との関係、学校での立ち位置、守りたいものなどである。それが1つ、もしくは複数当てはまれば、あの子供は自分と同じだとして読むことができる。つまりあの子供たちは自分と置き換え可能なのである。この作品は死と隣り合わせで進行していくが、それは妙に現実味を帯びている。人類の力を超越したロボットどうしが戦うというSFジャンルなのにもかかわらずだ。それは先ほど述べたように、パイロットに選ばれた子供たちは、自分と置き換え可能だからであろう。もし、我々が生きている現実で、ロボットが現れないまでも、死にかかわる行動が起こりうる可能性はいくらでもあるはずである。そしてそれに向き合わねばいけなくなった時、どのような選択をするのかを決める。つまりそれは作品でパイロットに選ばれた子供たちと同じ状況にいると言うことなのだ。漫画の中の子供たちは空想ではなく、読んでいる我々に同調する存在なのではないか。だからパイロットに乗る子供は1人ではなく複数人いて、それぞれが違う性格を持っており、人生を歩んでいるのではないか。そう私は考察をした。

やさしさと恐怖


子供たちはみな恐怖している、ジアースと言う圧倒的な力を手に入れたからである。それが今まで手にしたことのないものであり、自分の器に収まるものではないから。また、それで人を殺さなければいけない罪悪感、そしてそれが手軽であり、一瞬であることの切なさからである。言うまでもなく彼ら、彼女らは子供である。学校と言う枠組みや小さな社会の中で生きてきて、その中での恐怖しか知らない。そして恐怖から逃げる手段を知らない。それはほかに大人と言う存在がいたからである。子供たちは、大人に自身の恐怖をなすりつけたり、預けたり、また大人からの恐怖に挟み込まれたりする。だから恐怖から逃げられない。じゃあ彼ら、彼女らはどのようにして恐怖に向き合ったのか。それは優しさである。相手を殺す恐怖、自分が死ぬ恐怖から逃れるため、周りの誰かにやさしくしたり、相手を助けたりした。自分は優しい人間なんだ、相手に同情をすることができる人間なんだと思い、そして思わせることでこの状況は仕方のないものだとし、恐怖を打ち消すためだ。あの状況では、相手を助ける行為に意味はなかったはずなのに。例え相手がいること、戦ってる人間がいたことを確認することが意味であったとしても、彼らは死んでしまうのである。残された人類には結局関係のないことだろう。長引かせるよりすぐに相手を倒してしまったほうが良い。なのに子供たちは優しさをとった。それはきっと恐怖から逃げるためなのであろう。

別の世界と存在の消滅

この作品ではパラレルワールドのように、複数もの地球が存在している。それは可能性の物語で、枝分かれ上に分岐している。そしてそれを間引くことがこの作品の目的である。ここで問題なのは全部の地球がそれぞれ間引かれる可能性を秘めていると言うことである。未来が分岐しているのであれば、本来は良い未来と悪い未来と言うのが存在しなければいけない。そうでないと分岐する意味がないからである。しかしこの作品に出てくる地球は、期間はあれどいずれ戦い、勝ち続けなければ存在ができない。そしてきっとずっと勝ち続けることなど不可能であろう。パイロットは順次変わってしまうし、作品を見る限りロボットの能力自体に差があるわけではないからである。いずれ主人公たちの地球も別の誰かに負けて消滅してしまうだろう。しかしこれではまるで分岐した世界の先はすべて悪いものにつながっていると言うことになってしまう。いや、実際そうなのであろう。始まりはいつだって悪くない。悪いのはいつも終わりなのである。枝分かれ上に存在しているのであればきっと始まりは1つだったはずであり、そしてそれが一番良いものであるのであろう。すべてが無で、何もないからである。可能性もなくただ存在するだけ。つまらないかもしれないが悪いものもなく良いものもない。それが一番良い存在である。では世界が終わりに向かうことで何があるのか。きっとそれも無であろう。しかしそれは始まりにあった無ではない。本当に何の意味もなさない無である。だからきっと戦いに負けると存在が消滅するのであろう。なぜなら存在の向かう先が意味の持たない無であるからである。そしてこの作品の主人公は言うまでもなく子供たちであるが、契約自体は大人もできる。現に主人公たち側でも大人は契約しているし、敵でも大人の契約者のような人が見られる。その理由は先ほど述べたように向かう先が無だからである。子供と大人、そこに差異は無いのである。

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ベストエピソードは何か

漫画史上最高峰の、容赦のない欝設定「この地球を救うためには、相手の地球に勝たなければならない。だが、勝っても負けてもあなたは死ぬ」これがこの物語の基本設定である。これほどまでにどうしようもないという言葉の似合う物語があるだろうか。この物語の主人公たち……15人の少年少女たちはみな死ななければならない。だがそれ以上に、彼らの戦いには、いやが応にも道連れが伴う。勝っても負けても、死ぬのは10億と一人。負けた地球の人々もまた死なねばならない。人の命を単純に数で測るのなら、勝っても負けても同じ量の人が死に、同じ価値の地球が消し飛ぶ。そんな状況下で、あえて勝つ意味があるのかというのがキリエの悩みであったが、もっともである。結論を言ってしまえば、進んで勝つような意味など一切無いのだ。ダイチやナカマ、マキには勝たねばならない理由があったかもしれないが、負けた地球の上にもまた、それと同じ密度で生きることを...この感想を読む

4.54.5
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