永遠の名作のセルフリメイク
オリジナルは大林宣監督の出世作
今では日本映画界の最長老に属する大林宣彦監督。老いておな実験精神は旺盛ですが、若いころの暴れっぷりはこんなものではありませんでした。個人映画やCFで名をはせ、「HOUSE」で初めて劇場映画に進出したころは、若い映画ファンの強い支持を受ける一方、その映像テクニックを羅列するかのような絢爛たる作風は、散々な叩かれようだったのです。その後に発表する映画も多くは、同様に派手なものが多く、珍しく押さえたタッチの「ふりむけば愛」はファンとアンチの両サイドから無視されるような始末でした。そんな大林監督が初めて批評家からこぞっての高い評価を受けたのが、第6作「転校生」(1981)だったのです。自身のプロダクションに日本テレビとATGの提携を受けての低予算作品でした。事故によって男女小学生の心と体が入れ替わってしまうという山中恒の児童文学を原作に、主人公二人を中学生にスライドさせての瑞々しい青春ファンタジー。同年のキネマ旬報ベストテン3位にランクされています。
また、このオリジナルは、監督の故郷・尾道市に本格的なロケを行った初の劇場映画でした。この尾道ロケはその後も多くの映画で行われ、特に「時をかける少女」「さびしんぼう」を併せた最初の3本は、尾道三部作の名で日本映画史でも特別な存在となっています。
今回は長野ロケ
そして2007年、今度は角川映画として「転校生」がリメイクされました。題名が「転校生 -さよなら あなた-」となっているように、厳密にはリメイクではありません。後半部分の物語がまった別物になっているのです。その点は後述します。
そして、今回は長野市がロケ地に選ばれています。前回、小樽出身の原作者、小田原出身の脚本化がそのぞれの故郷のイメージを託した地方都市は、同じ港町である監督の故郷・尾道に集約されましたが、今回は内陸都市です。主人公二人は今回は高校生に設定されました。そして、前作の「夏」のイメージが色濃い「秋」に置き換えられています。長野が選ばれたのは何よりそのためだと思われます。
衝撃の後半展開
主演の二人は撮影当時16歳ですから、ほぼ前作と同じなのですが、設定のせいか若干大人びた雰囲気です。特に蓮佛美紗子は美少女ムードが濃厚で、あっけらかんとした小林聡美とかなり異なります。慌てて書きそえておきますが、「転校生」の小林も、彼女のキャリアとしては最高点といえるほどの可憐さではあったのです。
この配役と全体の色調の理由は、後半に至って明らかになります。ヒロイン・一美の体は不治の病に冒されていたのです。彼女は男性主人公である一夫の心を宿したまま死を迎えるのだろうか、というドラマが浮かび上がってきます。
この変更は前作を知るものには驚くべき衝撃でした。「転校生」には胸を締め付けられるような惜別と郷愁はあっても、基本的には明るい青春賛歌だったからです。
しかし、前作から25年が経過し、大林監督は70歳です。脚本の剣持亘は4年前に亡くなっています。本作の第1稿をどのような形で遺していたのかどうかはわかりませんが、ともに人生の晩秋を強く意識するようになって、前回と同じ「夏の転校生」を再び作ることはどうしてもできなかったのではないでしょうか。
後半のドラマは、二人が出口を探してさまよい続けるような、一種の道行きの映画、空間を限定したロード・ムーヴィーの趣を呈してきます。いっとき身を投じて生活をともにあうす旅芸人一座が宍戸錠(前作では一美の父親役でした)、山田辰夫ら。ピンク映画の名女優&名監督である吉行由美の姿も見えます。彼女の監督作品が大林作品の強い影響を受けていることは有名です。
暗くはならない悲劇的結末
この映画には、前作からもう1箇所、重要な変更点があります。前作では入れ替わりの秘密は完全に二人だけで守られ、回りの誰にも不審にすら思われませんでした。ある意味で不自然でもあったのですが、剣持脚本の思い切った割り切りだったと思います。今回は、明らかに家族たちが異変を感じ取っています。それだけではなく、途中で二人の友人が秘密を共有します。前作の閉じた世界から一種の広がりが生まれ、これが大いに話の暗さを緩和する方向に作用しています。
しかし、この物語に奇跡は訪れません。死の直前、二人の心と体は元に戻り、一美は一美の心を取り戻した形で死んでいきます。死を覚悟していた一夫は思いもかけずにその後の人生を取り戻すのですが、一美は永遠の16歳として墓標に納まります。前作の切ない幕切れとはまったく違った、悲劇的とさえ言える終わり方ですが、寂しくはあっても暗くはない。あきらめとはまた違った、短かった命への賛美が息づいているからです。
大林監督はこの映画の製作後に、ぼくは後二十五年生きて、もう一度《 転校生 》を作ろう、と語っています。2016年には癌で余命宣告を受けながら、なお新作を撮り続けている監督には、ぜひこの言葉を実現していただきたいと思います。
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