どこにつれていかれたのかよくわからない物語 - 遊佐家の四週間の感想

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遊佐家の四週間

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キャラクター
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演出
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どこにつれていかれたのかよくわからない物語

3.53.5
文章力
3.5
ストーリー
3.0
キャラクター
3.5
設定
3.5
演出
3.5

目次

提灯お岩が遊佐家にやってきた

朝倉かすみのテンポの良い文章が好き。一文節が短くて、リズムでいうならタタン、タタンという感じだろうか。話の内容は多少ブラックであるにも関わらず、そのタタン、タタンに連れられて私は遠いところにぽつんと置いて行かれる。そしてどこから来たのか、結局何が知りたかったのか、いや物語の何を理解すべきだったのかが分からなくなっている。『遊佐家の四週間』はまさにそういった小説なのである。

幼なじみの羽衣子とみえ子。もうその名前から、勝ち負けは決まっている。羽衣をまとった天使のような風貌の羽衣子。43歳になっても羽衣子は美しい。みえ子は見栄っ張りのみえ子か。しかし、みえ子は己をよく分かっていて、見栄っ張りではない。初対面の正平に「提灯お岩」と自分のことを称するのである。まあ、みえ子に対する描写はひどいものがある。その「提灯お岩」から始まって、壊れた目玉焼きを貼り付けたような垂れ目だとか、駄犬だのカッパだの…またちんちくりんで歯並びも悪いときている。もし、この物語を実写化するとしたら、みえ子の役を演じる女優さんは誰なのだろう。ショックのあまり台本を破り捨てるかもしれない。

しかし、遊佐家の面々はみえ子の奇面に徐々に慣れつつ、みえ子を受け入れていく。それどころかみえ子に好感を持ち始める。夫の賢右は自分を理解してくれる一人の大人として。娘のいずみは恋バナの相手として。息子の正平は自分に自信をつけてさせてくれる応援者として。これは羽衣子にとっては予想外の展開ではなかったか。

美しい母親の考えていること

物語が進むにつれて、羽衣子の過去が明らかにされていく。その美しさは昔からだけれど、共同トイレの安アパートに暮らしていたこと。貧乏で進学も難しかったのに、弟の孝史とともにみえ子の実家から多額の援助を受けていたこと。暴走族のリーダーと付き合っていたこと。これらは普通、家族に隠しておきたいことではないのだろうか。もし、みえ子を一ヶ月も家に置いておいたら、彼女は話してしまうかもしれない。羽衣子はそういったことを考えなかったのか。それとも、みえ子はそれを話さないという自信があったのかもしれない。または、そんな過去のことを話そうがどうしようが、どっちでもよかったのだろう。羽衣子にはこの家の主婦としての確固たる自信があったのだと思う。あんな苦しい想いをして手に入れたマイホーム。その中で女王様のごとく振る舞う美しい自分。うーん、違うな。羽衣子は自分の美しさを誇ってはいないもの。誇るとしたら完璧な主婦である自分だな。それは幼少期からの自らの母親の暮らしぶりが影響しているのだと思う。

その遊佐家にみえ子を招き入れた理由は一体何だったのか。援助してもらった過去の恩返しなのか。亡くした弟のことを根に持っていたのか。ただの親切心なのか。それがよくわからないのだけど、自分はあなたとは違うということを知らしめたかったというのはあると思う。私には羽衣子がよくわからないのだ。分かるのはキレイな家に執着があるということ。朝倉かすみは羽衣子をわざとぼかして書いているのかもしれない。その考えは一言でいうならポカンとした感じだろうか。打っても響かない。

混乱させるラストシーン

それでも、羽衣子以外の遊佐家の面々が、みえ子に惹かれていく過程はよくわかる。整然としたモデルルームみたいな家で、レストランみたいなメニューの食事を摂っていると、逆に雑然とした部屋でカップラーメンでもすすりたくなるようなものなのだろう。それが最終日の食事に表れていた。

本格的な和食に添えられたみえ子の作った一品。「油揚げのやいたやつ」…。それをみんながこぞって褒めるものだから羽衣子は面白くないよね。この小説のなかで初めて羽衣子が自分を表した感情だ。それを後に遊佐家の革命と呼ぶ面々。それほどまでに、今までの羽衣子には表立って怒ることもなかったのだ。今回もちょっと「キッ」としただけなのに、それが遊佐家にとっての事件になってしまう。それをうまいことまとめるみえ子の機転の早さ。「油揚げのやいたやつ」はみえ子が遊佐家の生活の中で、家族の内情と本心を知り、羽衣子へのちょっとした警告だったのかもしれない。良い方に捉えればだけど。もしかしたら、復讐なのかもしれない。「ウイちゃん、まだまだだよ」という…。

そして、ラストシーンでは羽衣子はもう自分にできることはそれしかないと語りながら、みえ子の部屋を汚して帰る。なんなんだ?みえ子に自分を思い知れということなのか。みえ子に自分の世話をさせてやろうということなのか。今までの「みえ子のえんまちょう」の借りを返したつもりが返せなかったからなのかな。みえ子はやたら貸しを作りたがっていたように思えたけれども。わからない、わからない、わからない。ただ分かるのは女同士の友情って複雑だということ。そして朝倉かすみは奥が深いということ。

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