奥深い男女の対比が特徴的
主人公の人物像
アーヤこと立花彩の人物像は、とても絶妙というか、生々しい女の子像であるといえる。
優等生でありながら人付き合いが苦手で、クラスに馴染めていない。
それでも健気に頑張る純粋良い子なヒロイン、というのが少女向けの物語では王道だと思うが、アーヤはそうではない。
もちろんそういった側面もあるのだが、それよりもどちらかというと自分と温度の合わない子をレベルの低い子として見下している傾向の方が強い。それでもそういった感情をはっきりと言葉にはせず、あくまでも表向きには波風を立たせるような行動を決して取ろうとしないあたり、良くも悪くもとても女性的な性格をしている。
また、優等生的で大人びているような雰囲気のアーヤだが、年の離れた妹に対する嫉妬心を抑えきれないなど、小学生相応の幼稚さも見受けられる。
大人が求めるような純粋無垢な子供ではなく、けれど大人というわけでもなく、悪人ではないが、どこまでも善良というわけではない。その大人と子供、善意と悪意が同居している様子は、とても自然かつ現実的である。
子供は大人が思っているほど無垢で何も考えていない生き物ではないのだと、そう思い出させてくれる。
作者が伝えようとしている男女の違い
アーヤに限らず本作の女子キャラクターの多くは、噂話を好む、スクールカーストのボスに取り入る、表立った喧嘩をしない代わりに嫌みを言う、といった狡猾で世間体に忠実な『悪い意味での女らしさ』を持っているように思えるが、それとは対照的に、男子キャラクターは一貫して潔く爽やかな印象を受ける。上述したようなネチネチとした人間関係を思わせる描写が、男子には一切されていないのだ。
もっとも分かりやすい対比となっているのが、友情に対する価値観の違いだ。
アーヤ、つまり女の友情観はひたすら相手に同調することで仲間意識を確立し、自分が孤立するのを避ける、といった虚偽的なものだが、若武たち男子の友情は、互いに思ったことをずけずけと言い合い、お互いの違いを認めて、単純に一緒にいることを楽しむというもの。女子のそれに比べて、後者の方が圧倒的に健全だ。
また、アーヤが周囲の目や世間体を気にして思うように行動が取れないといった描写が多々あるのに対し、目立ちたいという思いだけで突拍子もない言動を取る若武や、自分の興味事のために頻繁に塾をサボる黒木など、男子の方が本質的に自由奔放であると伝えるような描写は多い。
本作における女子の描き方を悪い意味での『女らしさ』と『子供らしさ』と評するなら、男子の描き方は良い意味での『男の子らしさ』と『子供らしさ』である。
本作では終始男の子たちがキラキラと輝いて見えるが、それは物語におけるシチュエーションやスペックの高さといった少女向けコンテンツ的な要素だけでなく、本質において男が女よも純粋な存在であるという作者の考え方に起因していると考えられる。
主人公の成長と蘇生
本作の主題は男女の違いを描くことの他、主人公アーヤの蘇生であると考えられる。物語序盤、アーヤは心の声で毒を吐き、時折それが態度に漏れ出すことこそあれど、あくまでもそれを口頭で自ら伝えることはなかった。
ところがカッズの男の子たちと関わっていくうち、素直な彼らに感化されて、少しずつ自分の思っていることを口にするようになっている。これまでは孤立を恐れるあまり心の内だけで消化していたであろうちょっとした悪態が、実際に口をついて出ているのは、彼らに対する信頼の証といえる。
誰のことも信頼せず、周囲から心を閉ざしたような印象だった彼女にとって、これは大きな成長である。
また、序盤ではどこか斜に構えた心境だった彼女が、中盤以降はカッズの男子たちと事件の謎を追うことに純粋にワクワクしている様子が見受けられる。これは主人公が良い意味での『子供らしさ』を取り戻したということであり、同時に、同じ事件を追っている仲間に馴染んでいることも表している。
彼女の成長が最も簡潔に表現されているのは、物語の最後の一文。また事件を募ってそれを解決する、と無茶を言い出す若武に「やってみてもいい」と笑顔で言う主人公。これまでの保守的な言動とは打って変わった積極性は、彼女の成長を表している。
また、最初のシーンの挿し絵では澄まし顔でクラスの輪に背を向けていたのに対し、最後は仲間たちに子供らしい満面の笑みを浮かべている。その二枚の挿し絵を比較すると、主人公が物語を通して大きく変わったのが一目で分かる。
この物語はハイスペック小学生が事件の謎を追うというエンターテイメント性や、男子キャラの魅力といった少女向け要素の他、日々に疲れていた主人公の成長と蘇生といったテーマがある。
そこには、小学校や塾といった子供が生きる世界でも社会性が求められる以上ストレスフルな環境であることに変わりはないのだという作者のメッセージがあり、同時に子供が子供らしく無邪気に生きることの大切さを説いているように思える。
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