乙女の気持ちをわかって
小説の背景
とにかく、この作品を一言で言い表すならば「祐子という女のキャラクターの濃さ」につきると思う。
私も自らの長い学校生活のなかで、祐子に似ている女の子は確かにいた。その頃は典型的な「かまってちゃん」だった。周囲から注目されたいという気持ちが強くて、時に女優になる。わざと、スッと目を伏せて元気のないそぶりを見せる。「どうしたの?元気ないじゃないの?」と尋ねられたら、もうこっちのもの。蜘蛛の巣にかかった蝶々のごとく、質問した側は興味のない話(往々にして恋の話である場合が多い)をいかにも心配しているような表情で、相槌を打つしかなくなってしまう。これは基本的な学校生活における女子の正しい行動パターンであるといえよう。
さて、祐子の話は婚約者の醍醐公彦のことだが、他のクラスメートがその話を「またか」と思いつつも聞かずにはいられないのは、この小説が書かれた時代背景が影響しているからだと考えられる。戦後の復興途中の物語である。先の戦争で若い男は命を落とし、女が余っているのである。ましてや彼女たちは女子大生、普通の男にはちょっと手が出しにくいインテリ階級。おのずと、恋愛から遠ざかっている状況なので、祐子の話は少なからずも参考にしたいと思っていたのではないか。また旧華族同士のカップルの様子や、許嫁という甘やかなエッセンスも娯楽の少ない時代には多少の退屈しのぎになったのかもしれない。
祐子の被害者
ただ、祐子の話を何となく、聞き流していた仲良しグループの面々は次々と祐子の「被害者」になるはめになる。
きっと、卒業したら自分にも祐子のようにとはいかないまでも、どこからか結婚の話が飛び込んできたり、素敵ではなくてもそこそこの出会いがあったりするのではないかという期待があった。でもそれはこの時代にはなかなか難しかったのだろう。
一番の被害者は瀬見薫に違いない。祐子が仲介人となり山崎滋之なる男性を待ち続けたのちに嫁き遅れてしまう。この適齢期の3年をまだ見ぬ一人の男を待つなんて…今の時代なら考えられない。そんな薫の思いを祐子はきっと露ほども気にしていなかったのだと思う。ただの気まぐれなのか、みんなの前で男友達との交友関係を自慢したかったのか、とにかく注目されたい女だから。
薫と山崎氏を最初に会わせたときに、互いを詳しく紹介せずに山崎の興味を薫に向けさせないようにしたいやらしさ。薫の控え目な性格を熟知しての作戦なんだ。自分の周りの男が他の女に取られるのがいやなんだな、きっと。たとえ、自分がその相手を好きじゃなくても。そういう女、いるよね。
実際に薫が二度目に山崎氏と会ったときの狂気は同情に値する。そりゃ、冷静ではいられないよ。そのほかにも祐子によって「ご紹介したい方がいる」と持ちかけられていた友人たちは、薫の一件で深入りしなかったことを安堵したに違いない。
それでも、ハンガクが結婚する際には祐子にいろいろアドバイスを求めたのは、ハンガクにとって祐子は恋愛において信用できる先輩だったのだろう。それは人を疑うことのなさそうなハンガクの大雑把な性格をよく表していて、それは卒業論文を洗濯バサミで綴じて提出したエピソードとつながっているのか。結局のところ、ハンガクがこの物語のなかで一番幸せなのかもしれないな。祐子に狙われなくて。
祐子の嘘
それにしても、祐子の嘘の言い訳は素晴らしく機転が利いている。頭の回転の速さに感服する。
読者は、この物語を読み進めるにつれ、だんだんと醍醐公彦なる男の存在を疑ってくる。同様に、登場人物たちも「醍醐さんって架空の人物なんじゃないか」と相談しあい、醍醐についての調査を始める。物語の終焉に向けての自然な流れである。
私が、この小説の中で一番ぐっときた場面は「私たちの中で醍醐にあった人はいるのか」と追い詰められた祐子が咄嗟に「平林さん」と故人の名前を出したところ。もう、よく言った!あっぱれ!それでこそ祐子だ。嘘つきのスペシャリストだわ。こう言われたら、ぐうの音もでないでしょうよ。
祐子の嘘は確かに酷い。最後には醍醐を殺しちゃうんだから。でも、こと醍醐の一件については誰も傷つけてはいないのではないか。ただ、女の子が理想の男性」を心の中で作り上げた。それがあんまり素敵だったから実際にその架空の男性に恋してしまった。それをちょっと誰かに聞いてもらいたくなっちゃった。それが壮大なストーリーとなり引っ込みがつかなくなった。母親を病気だと偽ったのも、翻訳ミステリーの件も、自分か空想、いや、妄想したシチュエーションのひとつなんだな。もちろん、やりすぎなんだけれども。だけど、そんな気持ちがわかってしまったからこそ、友人たちも最後の追及をあきらめたんだわ。自分にも思い当たることが、きっと、きっとあったから。
永遠の処女が増産されそうな時代の物語。祐子のキャラクターに憤り、笑い、そしてちょっぴり同情した私なのである。
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