一番切なく、美しい四谷怪談
日本の民俗を海外に
「嗤う伊右衛門」を視聴した感想です。
「何だかすごいものを見てしまったな」という衝撃というか、見た後にすぐに動けないような感動がありました。
感動というのは、涙が流れるような事ではなく、単純に心を動かされたという意味です。
世界観がまずすごいと思いました。
テレビの時代劇なんかを見ると、殿様はもちろんのこと、平民も皆小綺麗な様子をしています。
しかし、この作品では、平民の貧しさが詳しく表現されています。
泥だらけの家屋、泥と垢にまみれた貧しい人々の姿、雨漏りを受ける、欠けた茶碗…。
また、冒頭で遺体を入れた桶を担ぐ二人が登場しますが、日本がまだ土葬であった頃の、何ともいえない昏さを感じます。
怪談を語る上で、こうした泥の臭いのする日本の民俗文化、生活環境といった要素は切り離せないのではないかと思います。
日本の怪談物の怖さは、怖いものに遭遇した単純な恐ろしさではなく、ほの暗い闇の中にゆっくりと浮かび上がってくる何かを恐ろしがっているように思います。
それは、日本の昔から受け継がれる、地域差別や階級差別、女性差別、貧しさや粘着質な人間関係に起因しているように思います。
昔の日本できれいな生活をしていたのは、ほんの一部の裕福層で、大半の平民はこうした貧しい生活をしていました。
怪談物も民俗の一部ですから、土着の民俗として語る上で、泥の臭いとは切っても切り離せないと思います。
そうした民俗の背景をきちんと描いている姿勢は、よりストーリーに説得力と重厚感を与えていると思いました。
また、タイトルにある「嗤う」は、微笑みではなく、歪んだ笑顔を連想します。
そもそも本来日本人という民族は、「笑う」よりも「嗤う」が性格的にしっくりくるような気がします。
西洋文化が入ってくるまで、愛という概念のない民族だった訳ですから。
この作品でも、ラストシーンでの岩と伊右衛門の笑う声だけが楽しげな「笑い」で、他のどの人物のどの笑いも、「嗤い」と表現するのがぴったりの、狂気と昏さを孕んでいます。
そうした意味でも、当時の人々の生活感を出していくことは、見ている人に、より当時の日本人そのものを理解させる事になったと思います。
こういった作品が海外に進出し、外国の人にも見てもらえるのはいいことですね。
映像もまた、感情を叫んでいる
映像にもこだわりを多く感じました。
色彩も鮮烈な色合いを使ったり、夜の闇を使ったりと、視覚にインパクトを与える効果を表していました。
特に印象に残ったのは、激昂した岩があんまを殴り殺してしまうシーンです。
伊東に騙された事を知ってしまい、激昂のあまり暴れ回り、人を殺めてしまう岩。
部屋中を照らす赤い照明や、吊られた提灯やだるまのある構図は、視覚的にも面白かったですし、岩の狂気を感じました。
また、ラストに大立回りをして、血で染まった伊右衛門と闇のコントラストも、鮮烈な印象がありました。静かなのに狂気を感じます。
最後の伊右衛門が嗤うシーンは良かったです。
岩を切り、梅と伊東を切って、自分も死のうということですよね。
このように、役者の演技はもちろん、それだけではなく小道具やBGMなど、画面のあらゆるものが溢れだす感情を叫んでいるようでした。
また、岩の半分朽ちた顔も効果的に使っていたと思います。
伊右衛門が激昂した岩を抱き締めるシーンでは、伊右衛門は岩の朽ちた顔の方に、あえて自らの顔を埋めます。
美しい半分ではなく、醜い半分に寄せる、優しさと愛情が感じられました。
また、同じく顔を半分傷つけた直介と岩が対峙した際には、岩と直介の傷ついた顔同士の対面となっています。
まるで悲しい運命を背負った者同士という感じがしました。
このように、細かい所にも作り手の演出が行き届いていると思いました。
また、最後に伊右衛門と岩が生前の美しさのまま抱き合い、そのあばら屋から徐々にカメラが引いていくと、そこは現代の東京だった、というラストシーンも良かったです。
きちんと四谷ですよね。
ちょっとびっくりもしましたし、濃厚な過去の世界から、現実に戻ってこられたように、ほっとさせられました。
映像だけではなく、ストーリーも面白い
ストーリーの進め方もテンポがよく、あっという間に見てしまった印象です。
面白かったのは、一瞬良く分からないシーンを見せておいて、後からそれが何だったのか種明かしをするストーリー展開です。
例えば桐の箱に座って、伊右衛門が又市と話しているシーンがいきなり映ります。
その時にはそれが何だか分からないのですが、後からこの中には、岩の亡骸が眠っていること、伊右衛門がすでに岩を葬っていたことが分かります。
また、伊右衛門が子を抱いて夜釣りをするシーンでは、「子供を連れておかしいな」という違和感がありますが、後にそれが伊東が伊右衛門の家に来ている時なのだと分かります。
見ていて謎が解ける面白さがあり、良かったと思いました。
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