言葉と感情
恩に着せるような言い方をしない
御主人が仕事場で働いていらっしゃる。帰ってきたとき奥様がお茶を入れる。お茶を入れて御主人のところに持ってくる。そのとき何と言うか。「あなた、お茶が入ったわよ」。これはすばらしい日本語である。「お茶が入ったわよ」と言っても、お茶は自然に入るものではない。お茶が入るためには、奥様はお湯を沸かし、急須にお茶の葉を入れ、お茶碗に注ぎ、適当なお茶菓子を添える。それだけの手間をかけているのである。
「あなた、お風呂が沸いているわよ」「あなた、ご飯ができたわよ」「布団が敷いてあるわよ」。全部自然にできているように、自分がしたということをいっさい言わない。
私は、自分が相手に何かをしたときに、恩着せがましく、「やってあげたよ〜」と言ってしまう。例えば、お風呂掃除をしたときである。母に「お風呂掃除やったよー」と、完了を伝えるのではなくて、わざわざ「ありがとう」を求めるために言ってしまうのだ。
これからは「お風呂沸いたってよ〜」と言うことにする。言い方を少し変えるだけであるが、「お風呂沸いたってよ〜」という言葉を使うことで、自分の中で「ありがとう」を求める気持ちはなくなる。「ありがとう」を言われなくても、嫌な気持ちにはならない。
言い方を変えるだけで、自分の気持ちまで変わるということを発見した。
日常生活の中で、他のことも、自分がどんな言い方をしているのかに意識的になろうと思う。そして、どんな言い方で相手も自分も、どんな気持ちになるのかに敏感でいようと思う。
「行動で示せ」とよく聞くように、相手に何かをしてあげたいと思ったら、行動で示す。言葉にした瞬間に、自分が相手に与えるのではなくて、相手から奪うようになることがある。「ありがとう」を求める行為は、何かを相手から奪っているのかもしれない。要らないプレゼントを無理やり渡されて、「ありがとう」を求められるみたいに。
いそしむ
「いそしむ」は働くという意味だが、ただ働くでは「いそしむ」にはならない。働きながら働くことを楽しんでいること。
和英辞典で「いそしむ」を引くと、endeavor(努力する)と出てくるが、エンデバーには楽しむという意味はないと思われる。
今まで生きてきた中で、「いそしむ」という言葉を使ったことは、なかった。「頑張る」という言葉ではなく、これからは「いそしむ」を使ってみる。「頑張る」は力んでいるイメージであるが、「いそしむ」は ちょうどいい力加減のイメージがある。「いそしむ」という言葉を使うことで、力まず、精神を追い込まずに、ハイパフォーマンスができそうな気がする。
「頑張る」は、一瞬の決意のイメージがある。「いそしむ」は、継続のイメージがある。「ダイエットを頑張る!」というのは、一瞬の決意だけのようだから、実際に続けられないのかなと思った。
また、相手に対して「頑張ってください」とは言うけれど、「いそしんでください」とは言わない気がする。
行動をするときに、「頑張る」という言葉をよく使うのだが、「いそしむ」や「努める」等、小さな違いではあるが状況にあった言葉、自分の気持ちにあった言葉を使おうと思う。言葉を大切に紡ぎたい。
そこはかとなく
「そこはかとなく」という言葉がある。「何となく」「どうという目的もなく」というふうに解釈されている。
秋の初めに一枚の葉がハラリと落ちた。秋の訪れを感じさせる瞬間で、もし「そこはかとなく」哀しさを感じるとしたら、そういうときではなかったかと思う。
「そこはかとなく」という言葉も、今まで使ったことがなかった。耳にしたのも初めてである。季節の変わり目に感じる切ない気持ちは、「そこはかとなく」感じる気持ちだろうか。どういうときの言葉なのか、よく分からない。これからの人生で、「そこはかとなく」を体験することはあるだろうか。口から自然に「そこはかとなく」が出てくる瞬間に出会いたい。ただのイメージであるが、宝石のような言葉だなあ。
私の一番好きな言葉は、「こころなしか」という言葉である。「自分の勘違いかもしれないけど」というニュアンスを感じる。この言葉を初めて使ったときを覚えている。高校生のときである。日誌に、「こころなしか教室の雰囲気が明るく感じた」と書いた。
「こころなしか」は、「そこはかとなく」と何か近いものを感じる。意味は違うけれど、何かが近い気がするのだ。2つの共通点は、「自分自身でしか感じられない」ということである。昔の人は、自分が感じたこと、大切にしてたんだなあ。
言葉を知って、初めて自分の内側にある感情を表現できる。そう考えると、まだまだ知らない言葉がたくさんあるから、知らない感情もたくさんあるんだなあと思った。知らない言葉にたくさん出会いたいし、知らない感情にたくさん出会いたい。「ああ、このことかあ」という瞬間を逃さないように、毎日を丁寧に生きていきたい。
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