かっこ悪くも懐かしい学生時代を思い出す作品 - 三月の招待状の感想

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三月の招待状

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かっこ悪くも懐かしい学生時代を思い出す作品

3.53.5
文章力
3.5
ストーリー
3.0
キャラクター
3.0
設定
3.0
演出
3.5

目次

3月から始まる1年のストーリー

この作品は、3月から始まり2月に終わる小さな物語が集まった作品だ。かといって完全な短編でなく、大学時代のグループを形成する4人のそれぞれの立ち位置で書かれている。こういう構成の作品は楽しめるものが多い。同じ出来事でも、一人から見た感じ方と、また別の一人から見たその感じ方があまりに違うことで物語に奥行きを感じるし、それぞれの相関図も想像しやすかったりするからだ。
本の裏にあらすじが書いてあるのだけど、その中にこの本は青春小説と紹介されていた。そしてその言葉がぴったりだなと思えた作品だった。

充留と重春のカップルの場合

大学のグループメンバーである充留とその恋人は、どこか平凡な他の3人に比べて少し垢抜けて都会的だ。充留は、毒舌と評価されながら文筆業を生業とし、金銭的にも成功している女性だ。8歳年下の恋人は定職にはついていないながらも、充留のご飯を作ったり癒しを与えているような関係性で、そんな恋人を選ぶのもなんとなく充留らしい。
この二人、友人たちの前では乱暴な口を聞き、重春にいたってはほとんど口をきかないくらいだけど、二人になるとそれなりに仲良く、カップルらしい描写があるのが面白い。こんな二人だということも、もしかしたら他の3人は知らないのかもしれない。
それくらい外と内との顔が皆違う。それをリアルに感じることができるのもこの小説のよさだ。
ただ充留は大学のときから好きな男性がいた。もうほとんど忘れてしまっていたのに、最近出会う。それで心が揺らいでいるところが、少し充留らしくないような、それでいて充留らしいような、妙に普通の女性のような一面も持っているんだなあと思ったところだ。

裕美子と正道の場合

グループ4人の中のこの二人は、学生の頃から付き合ったり別れたりを繰り返し、それに飽きた頃に結婚をしたのだけど、その結婚もうまくいかず“離婚式”を計画して、自分たちの離婚を皆に発表してバカバカしく終わらせようとした。お祭り騒ぎに乗じて、自分の中のうっとうしい気持ちも吹き飛そうという目論見が意外にもそうもならず、逆に変に鬱々としてしまっている裕美子の気持ちになぜか感情移入してしまった。
よかれと思ってしたことがうまくいかず、逆にどうでもよいことがいい結果を生んだりすることに裕美子自身が過去の経験から感じているところが、自分と少し重なったからかもしれない。
派手で自由で縛られない充留に比べ、裕美子は長い間正道と付き合っていたから、離婚した今は人生を正に謳歌している。それも旅とか買い物とかでなく、コンパとかデートというのが地味でリアルでわかりやすかった。そして離婚してすぐの開放感もよく理解できて、裕美子は4人の中で最も私が理解しやすい女性だと思った。

正道と遥香の場合

この新しい恋人のせいで別れたというわけではないけれど、きっかけの一つとなったこの恋人遥香は実に女のややこしいところをまとめて引き受けたかのような女性だ。
離婚し、晴れて恋人同士となったはずが、正道は遥香のその“結婚へまっしぐら”感を感じるにつれ、どんどん引いてしまっている。そして引いてはいけないと自分を抑え込んでいるけれど、多分これは時間の問題だろう。裕美子と付き合っているときも、たびたび新しい恋人を見つけては別れを繰り返してきた正道の正道らしいところだ。
ただ裕美子とやり直したいというよりも、一番戻りたいのはうまくいっていたころの過去だということには少し気の毒になってしまった。今から遥香と向かう未来には希望がないということだからだ。常に自分をだまし、これが幸せだと言い聞かせて生きていかねばならないということだからだ。
そして正道は決してそんなことに耐えられるほどタフな人間ではない。だから大学の4人と会うたびに開放感を覚え、遥香のところに戻るたびに疲れ果て、また別れるのだろう。
どうしようもない男だと思ったけれど、どこかしら憎みきれない男でもあるなと思えた。

松本麻美の場合

4人の中で最も早く結婚し、主婦としていかにも退屈な人生を送ってきたのが麻美だ。自分ではそれなりにドラマティックなところがあったと思いながらも、周りの友人たちに比べたら自分はいつも浮いていて脇役だという気持ちを感じながら生きてきた。
それが裕美子の離婚式で出会った、学生の頃の憧れ宇田男に思いがけず誘われ男女関係になってしまったことが、麻美の心に火をつけた。今まで感じたことのない高揚感、恋愛の浮き立つような幸せ感、そういったものに夢中になってしまい、宇田男は麻美のことをまるっきり遊びだと思っていることに気づいていないふりをした。
充留に“初めての恋”と熱く語り、今までの結婚生活を馴れ合いのように語った麻美は確かに、ちょっと面倒くさい女性だとは思う。でも充留が裕美子や重春に言うほどひどいものではないと思う。充留は、自分が好きだった男の宇田男と麻美がくっついたということが許せないというだけでなく、麻美のことがあまり好きではないのだろう。それも嫌いな部類に入るくらいだと思う。
だからこそあそこまで麻美のことを悪しざまに言うのかもしれない。でも、麻美をあそこまで馬鹿にする権利は充留にはない。同調した重春もだ。
自由で誰にも頼らずに成功した充留はたいした女性だとは思うけれど、あの部分はあまり好きではないところだ。

宇田男という男

大学の4人のグループではないけれど、皆が一目置いていた男性が宇田男という男だ。どこでなにをしているのかわからないという噂だった彼が、裕美子と正道の離婚式にふらりと現れ、麻美を誘惑し充留を動揺させた。でもそれほどの魅力のある男性には最後までどうしても思えなかった。
顔立ちは端整なのだろう。服装もブランドにこだわるというわけでなく、古着をだらっと着ているところも想像できる。また学生の頃書いた小説が当たり、変に有名になったことも、学生のときなら華やかに見えたかもしれない。でもそこどまりで、今は何をしたいのかどうもわからない。その上、充留や麻美に対しての敬意も感じられない、というよりも、人すべてを馬鹿にしているようにさえ感じられる。
宇田男に関して言えば、裕美子の感じ方が私にとっては一番近い。才能は学生の頃に使い切って、なにをするでもないからっぽの男。私もそう思う。そんな宇田男にどうして麻美にしても充留にしても焦がれるのか、リアリティがないというのではないけれど、少し理解ができなかったところだ。

野村遥香の場合

恋人である正道が離婚して、やっと自分のものになったと思った男がいつまでも大学の頃のグループに癒しを求め、自分と別れてもきっと彼らとは別れないだろうということに気づいた悲しさは少し理解できる。
登場当初はうっとうしい女性ではあったけれど、その気持ちもわかるので嫌にはなりきれない女性でもあった。
重春が言う「充留たちの持つ、いつまでもそこから出ない部分」というものや、麻美の言う「どこにいっても部外者のような気分」を、遥香こそが理解できるのだろう。
麻美が失踪したのに、残された3人はまるでパーティでもするように家に集まり、お酒を飲みながらわちゃわちゃと騒ぐ。ラスト近くに遥香が、きっとこの人たちはこのままわちゃわちゃと生きていくのだろうとぼんやり思ったあの場面は妙に映像的に頭に浮かび、好きな場面のひとつだ。

角田光代という作家

角田光代は名前だけは知っていたけど、作品は読んだことがなかった。それが前読んだアンソロジーに収められていた作品が気に入って、他の作品を読んでみたいと思ったのが、この本を手に取ったきっかけである。
この本は、男女の機微が繊細に描かれ、それらがリアルに映像的に頭に浮かぶ。分かりやすい描写も文章もなく、とても読みやすかった。
このように、新しい気に入りの作家を発見できて、まだまだ読む本があるということはとてもうれしい。

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