ロマンスもサスペンスも溢れんばかりの壮大な歴史小説
目次
「スワンの怒り」の作者が書く歴史小説
アイリス・ジョハンセンと言えば「失われた顔」や「スワンの怒り」といったサスペンスとロマンスが渾然一体となった作品が有名だと思っていたので、過去の実在の人物たちを登場人物としたいわゆる“歴史もの”を書いているというのは知らなかった。
そもそもこの「女王の娘」という本を手にとったのも、タイトルの壮大な印象となんとなく漂うロマンティックな雰囲気に惹かれたのであって、読むまでは内容は全く知らなかった。しかし読み始めると貴族の華やかさよりも、宮殿内のくらさや独房の冷たさ、宗教の厳しさといった重さがメインとなっていて、そのままページを繰る手が止められなくなってしまった。
こういう歴史ものを読むと、学生の頃にもっと世界史なり日本史なり勉強していればよかったと思ってしまう。そして今回のこの「女王の娘」を読むにあたっても、そのような歴史的背景を知っていればもっと面白く読めたのかもしれないなと思った。
過去のイギリスに生きた実在の王族たち
現在イギリスを形成しているのは昔のイングランド王国とスコットランド王国の二つの国だ。それぞれに生きる王族たちの陰謀と目論みに巻き込まれた一人の女性がこの物語の主人公である。スコットランド女王の娘が謀反に使われることを恐れイングランド女王は彼女を遠くにやり、普通の娘として暮らさせている。その娘も年頃になったため、イングランド女王エリザベスが彼女のために選んだ夫はスコットランドの領主であるロバートだった。正直このあたりの展開はあまりストーリーに頭がついていけなかった。スコットランド女王の娘を脅威としてみているのならもっと遠い国にすればいいし、なにもスコットランドの領主に渡すことはないのではと思ったのだ。この理由は最後明らかになるのだけど、色々なところがひっかかって頭に入りにくい展開ではあった。
そもそもロバートが選ばれた理由もよくわからなかったので、そういうところは最後までひっかかったことではあったけれど、ストーリーに勢いがあるので先を読みたい気持ちに抗えず、止まって考えることができなかった。読む進めていくうちにわかるかもと思ったのだけど、先々にはもっと興味をそそられる場面がたくさんあったのでついつい忘れてしまったのだ。
映画でも小説でもどちらでもあるのだけど、なにかの疑問が頭にひっかかったままずっと忘れずにストーリーに没頭できないまま終わるものと、疑問もあるしわからないこともあるのだけどわからないまま楽しめるものがある。
この物語は後者であることは間違いがない。
魅力たっぷりの登場人物、ロバート・マクダレン
スコットランドの領主であるロバート・マクダレンは故郷をこよなく愛する男で海賊でもある。イングランド女王であるエリザベスに捕らえられたあとに釈放の条件としていわくの娘ケイトを妻として娶るように命令される。領主とはいえ女王に逆らえるはずもなく、けれど自由で奔放な男としてのプライドは傷つけられ怒り狂いながらも、ケイトを見て一気に所有欲と保護欲をかきたてられた。ここで登場するロバートが見たケイトは虐待され傷ついた少女としてであり、ほんの子どもとしかロバートは見ていない。しかしケイトが魂を取り戻し必死に生きようとしたとき、ロバートは自分でも納得がいかないままケイトに惹かれていく。その初めは欲望のせいだと強調されていたけれど(ここでは“肉欲”と書かれていた。その方が感情としては生々しいかもしれない)、次第に本気で愛するようになっていった。ただこのあたりの心理描写はもうひとつだと思う。初めは欲望のままだったかもしれないが、ロバートがケイトを乱暴に扱ったり心を無視したような行為はしたことがなく、ひとつひとつが愛情にあふれているように思えたからだ。だから本気で愛するようになっていても初めのころとあまり変わらない行動が、少し物足りないところではあった。
とはいえロバートは魅力たっぷりだ。ハンサムな顔立ち、引き締まった体つきといった外見的なことだけでなく、内面も弱いものを助け庇護しようとする包容力に満ち溢れている。ギャヴィンに対する態度がその最たるものだ。そしてその態度はケイトにも向けられるのだけど、その庇護の下にいるときの安心感はケイトにとってどれほど素晴らしいものだったろうか。ケイトの気持ちはこの時はとてもよく理解できた。
外見の麗しさと領主としての包容力。全てをかねそろえた男性の理想のような人物がロバートかもしれない。
ただ、恐らく年齢はケイトの5、6才上だというなら21、2といったところか。そこが設定としては少し若すぎるように思ったところだ。
知らず知らずに上に立つものとしての才覚を表すケイト
ロバートに連れられ彼の治めるクレイドーに着いたケイトは、彼女なりの所有欲を爆発させる。今まで何ももっていなかった彼女に与えられた全てのものに彼女は愛情を示す。それはいささか行き過ぎたような感じもなきにしもあらずだけれど、その極端な愛情は、今まで彼女が何も持たず何も与えられなかったことに起因するのだろう。ケイトが愛情を示せば示すほど、一生懸命になればなるほど痛々しさがついてまわった。それはおそらくロバートも同じ気持ちだったと思う。
ケイトはクレイドー領主婦人として扱われながらもよそ者としての疎外感も感じていた。だからこそ自分もクレイドーのために何かしたいと思い、機織り教室を立ち上げる。機織り名人はロバートの城で働くディアドリだ。てきぱきしていて厳しいけれど、根底には温かさのあるたくましい女性。このような女性がアイリス・ジョハンセンの作品ではたびたび出てくる。「スワンの涙」で登場したタネクの牧場で働く女性。イブ・ダンカンシリーズに登場するローガンの秘書エリザベス。これらの女性ももしかしたらアイリス・ジョハンセンの女性の理想像のひとつなのかもしれない。
女王の娘である才覚を開花し、ロバートを守るためスコットランド王と取引をするあたり、いささか飛ばしすぎではないかとハラハラしたけれど、やはりロバートは彼女を守るため強引にも追いかけてきた。この展開も女性ならうっとりするところだろう。
数々の情熱的なラブシーンの魅力
この作品には今までアイリス・ジョハンセンシリーズにはなかったラブシーンが満載である。今まで読んだ作品はベッドシーンなどもさほど具体的な描写はなかったけれど、今回のこの「女王の娘」はそれが一つの読みどころであるくらいの頻度と詳細さだ。しかしだからといってこれをただの官能小説だと感じる人はいないと思う。波乱万丈の旅の中のロマンティックなアクシデントのように、隠れて愛を交わす情熱の美しさのようにこれらは描かれていて、女性でもきっとため息がでてしまうと思う。
ともあれこのラブシーンの多さは、この「女王の娘」の特徴でもあると思った。
考えてもみなかった結末
スコットランド女王の娘だからこそ幽閉に近い生活を余儀なくされていたケイトだったけれど、その出自は実はイングランド女王の娘だったことがロバートの機転でわかった。この思いがけない展開でケイトは恐らく眩暈がするくらいの衝撃だったと思うけれどあまり彼女の衝撃には触れられていなかった。歴史がどうなのかは分からないけれど、イングランドとスコットランドの出自の違いはかなりのものであると思うし、自分が幽閉に近い状態に置かれていた理由にケイトは本当に納得がいくのかどうか、ここはどうも理解ができなかった。
でもここは歴史に通じていたらそういうことは感じないのかもしれない。
臨終を目の前にしたエリザベスは娘に王位継承権を与えようとする。息子が生まれる前の野心あふれる彼女ならそれを受け取ったかもしれないが、今の平和な生活の前にはそれはなんの魅力もない。ただ息子が生きていくための保険として扱っている夫婦の今の幸せ加減が嬉しくて、最高のハッピーエンドだった。
アイリス・ジョハンセンの歴史ものは調べたら他にもまだある。この「女王の娘」の出来に気をよくして、他の作品も読んでみたいと思えた作品だった。
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