ロマンスもサスペンスも鉄板の充実ぶり、イブ・ダンカンシリーズ
「失われた顔」に続くイブ・ダンカンシリーズ第2作目
この「顔のない狩人」は「失われた顔」に続き、イブ・ダンカンシリーズの第2作目となる。イブの悲劇は前作「失われた顔」で終止符を打ったかのように見えたけれど、ストーリーはこの作品で急展開を見せる。ボニーを殺したのはフレイザーではなかったという展開は、読み手をたちまち物語の世界に引き込んだ。
アイリス・ジョハンセンの作品はラブロマンス的要素が多いながらも、サスペンス要素もしっかりあり、ジェットコースターのようなスピード感ある展開が特徴だと思う。また登場人物たちの魅力も際立っており、女性なら誰しもが憧れる男性像や扱われ方がまさにそこにあった。
イブ・ダンカンシリーズでもそれは健在だ。イブを巻き込む猟奇殺人事件、イブを取り巻く二人の男たち、どこまでも強くあろうとするイブ(時に腹が立つほど頑固ではあるが)。彼らが実に生き生きと動く様はまるで映画を見ているようだった。
アイリス・ジョハンセンの作品はまるでハーレクイン小説を読んでいるような甘ったるさがある時もあるが、このイブ・ダンカンシリーズについては今のところそれを感じることはあまりない。そのロマンスは決してやりすぎではなく、女性ならうっとりしてしまうだろうことも多い。ジョーがイブを世界の中心のように扱うところ、ローガンがイブのためにお金に糸目をつけず保護者のように甘やかすところ、彼らに引け目や気に入られようとするような卑屈さなど全くなく自分を完全に出しているイブ。現実的ではないにせよため息がでてしまうところだ。
今回見せた急展開は、ボニーを殺した猟奇殺人犯は処刑されたと思っていたら、真犯人は別にいたというイブにとっては悪夢のような展開だ。しかしそこにはいつもローガンとジョーがいる。二人に保護されながら、世話を焼かれながらも突っ走るイブは、「スワンの怒り」のネルとも「爆風」のサラとも違う魅力がある。もちろんジョーしかり、ローガンしかりだ。
魅力あふれるキャラクターが最後まで色あせることなく、物語を彩ってくれた。おかげで最後まで読み終えるのはあっという間だった。
ジョーの恐ろしいとも思える一途な愛
ジョーはスレイザーが処刑された後、FBIを退職した。そして市警の警部となっているのだけど、休みの合間を縫ってはイブの娘ボニーが埋められたと思われるところを歩き回り、遺骨を探している。死は確実だけれども、遺骨を母親のもとに返してやろうという愛情のもとだ。
ジョーの行動の動機はすべてイブだ。イブのために。イブを考え。イブを守る。それ以外に彼の行動の動機となるものはない。もっと怖いのは、ジョーが妻ダイアンと結婚したのはイブに同性の友達を作ってやるためだったと言うセリフだ。これは妻ダイアンをないがしろにしている以上の問題で、そんな結婚生活が長続きするはずがない。「失われた顔」ではダイアンはそれを全て理解した上でジョーと結婚したように書かれていたけれど、愛する夫が真っ先に心に留めるのはイブだということを見せ付けられ続けた結婚生活はダイアンにとっては地獄だったろう。イブにとってはこれ以上ない男性だけれど、その激情の裏では犠牲になっている女性がいることを思うと、このエピソードはあまり気分のいいものではなかった。ダイアンの気持ちが前作では限界に来ている描写があったけれど、今回彼らはやはり破綻を迎えた。この理由をダイアンが知らなければいいのにと願うばかりだ。
それ以外のジョーの行動はまさにイブ一筋で憧れるものだっただけに、これだけはちょっといただけない話だった。本当にこの二人始めっから結婚してれば手っ取り早かったのにと毎回思う。
前回の活躍で一躍有名人になった彼女は、ローガンの用意した別荘で身を隠していた。そこに表れたジョーは、ローガンへの嫉妬や怒りがないまぜになった表情だったと思う。しかし打ちのめされたイブがこの美しい場所で回復したのは事実で、それを事実として受け止めたジョーは早速イブに対して保護者のような兄のような、包容力あふれる扱いでイブに接する。その世話の焼き方はアイリス・ジョハンセンの愛読者なら読んだことのあるおなじみのものだ。
サスペンス的なストーリーも目を離せないけれど、この男性たちの愛情あふれる行動は、単純にいいなあと思える。常にイブだけを見つめているジョーをイブが最後に選んだのも分かるような気がする。
ローガンの人格の素晴らしさ
ジョーに負けず劣らずイブを愛していたローガンだったけれど、結局はイブをジョーに奪われてしまう。ジョーは荒々しく男性的で向こう見ずなところがある。それに比べてローガンは冷静で的確に状況を掴み、最善策をとろうとする。そこには自らが現地に飛んでいくといった情熱がないように感じられるが、彼は行くべき時と行かざるべき時を正確に見抜いていると思う。それをジョーは「おまえはイブを中心に世界が回っていない」と罵るのだけど、それは違うような気がした。
確かにジョーのようにどこにでも飛んでいくのも女心を掴むことかもしれないが、ジョーはたとえイブのためなら彼は爆発寸前の車の中にも飛び込む。その行為がイブをどれほど恐怖に陥れたかということには後で気づく。こういう行為はいいことに思えるけれど、こっちとしてはたまったものではない。ここでローガンの冷静さが際立ってくると思う。
しかもローガンは決して行動しないわけではない。行動に無駄がないとでもいうのだろうか。イブがジョーを選んだのは残念だったけれど、それはそれローガンにもあとでロマンスは訪れる。次に続くシリーズ「爆風」を読んだからこそ思えるのかもしれないけれど、もしかしたらこれはそのための別れだったかもしれないと思わせた。
飛び切りのキャラクター、ジェーンの登場
シリーズに新しい登場人物が現れた。ドンがターゲットにしたジェーンだ。もう一度イブにとってボニーのような存在を作ろうとドンがターゲットにした彼女は、イブと同じスラム生まれで里親の家を転々としている子供だった。そのような育ち方をしている子供がやすやすと心を開くわけがない。それでも我慢強くイブが接するうちにジェーンはだんだんイブに馴染み始めた。またジェーンが心を開いたのも、イブが同じような育ちだからというのも大きいだろう。そしてまさにドンが望んだとおりの関係になってしまったのだ。ジェーンが口癖のように言う「どうでもいいわ関係ないもの」というセリフと同じようなセリフを奇しくもイブの言うことになる。それはジェーンとの関係が重みのあるものであるということを認めようとしない気持ちから出たセリフだったのだけど、二人の似通っているところが浮き彫りになったような感じがした。
ジェーンもよいキャラクターだ。常に怒り、一人で生きようとし、強くあろうとしている。たかだか10才の少女がこのような生き方を身につけたということを考えるとつらいところだ。でも彼女はイブに出会えた。イブは後に彼女を養女に迎え、共に生活することになるが、今までの分を取り返してもおつりがくるくらいの愛情をもらえるに違いない。
思いがけない結末からのハッピーエンド
ドンとの長い根競べも終わり、イブはついに正体を突き止める。いつも一緒に来ていたマークだと思いきや、まさかのFBI捜査官が犯人だったというのは驚いた。そもそも殺人を犯し始めたのはFBIに入る前だし、その後も殺人を続けていたというのだから、どれほどの知能の持ち主なのだろうか。ただもったいないなと思ったのは、スパイロが犯人とわかってからすぐにジョーに狙撃されてしまったところだ。イブが追われたり逃げるところがちょっとあってもいいかなと思ったのだけど、いやそこはジョーがそんなことをさせないだろうなと妙に納得してしまったのだけれど。
あと、スパイロが隠したジェーンの行方をサラとモンティが捜すのだけれど、モンティの“もう一人の子ども”という気持ちをサラは感じ取る。もう一人のこども、ということはボニーの遺骨もここに埋まっているのだろうかと思ったのだけど、それは当たりだった。その“もう一人の子ども”を見つける前にジェーンを見つけたので、その遺骨を見つけるのはまた次回になったけれども、イブの前にでてきたボニー(イブはあくまで夢だと言い張るが)との会話を見ると、それがボニーであることは間違いない。
これでやっとイブに平穏の日々が訪れるのだろう。それも愛するジョーと一緒に。
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