本能のままに動いたら・・・?という疑問の答え。 - 殺し屋1(イチ)の感想

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殺し屋1(イチ)

4.204.20
画力
4.50
ストーリー
4.00
キャラクター
4.00
設定
4.00
演出
4.50
感想数
1
読んだ人
1

本能のままに動いたら・・・?という疑問の答え。

4.24.2
画力
4.5
ストーリー
4.0
キャラクター
4.0
設定
4.0
演出
4.5

目次

滅多に出会えない不思議な世界観

ひたすら残酷な描写という漫画ならいくらでもある。奥浩哉氏のGANTZであったり、御茶漬海苔氏の惨劇館であったり、結末も不条理でとにかく残酷という作品は、その手の作風に抵抗がない人ならいくらでも知っている人はいるだろう。

しかし、殺し屋1の世界観は、ただ残酷であるという単純な形容では言い表せない、独自の世界観を持っている。作中にいる数少ない常識人ですら、一般的な日常では常識人ではないし、主人公のイチも、澄んだ目をしているかと思いきやこの作品では一番つかみどころのない人物なのだ。

正義の基準、善悪の基準、物の感じ方。すべてにおいて、理性とか倫理とかをすべて無視し、本能だけで登場人物を動かしたらどうなるか。他人がどう思うかなどどうでもよく、自分がどう思うかだけが重要。そんな描かれ方をした作品であると感じる。

登場人物たちの異常性を変態と言う言葉で片づけてしまえばそれまでだが、この作品を全く理解できない人は大嫌いだろうし、あまりに突き抜けすぎているからこそ惹かれる人にはたまらなく興味深い。

登場人物が何を考えているのか全く予測できない、性格を最後までつかみきれない。そんな作品は珍しい。

依頼についてよくわかってない珍しい殺し屋

リスク請負人系の作品は非常に漫画の中でも多いが、特に殺し系の依頼には背景や理由があり、それを殺し屋が理解したうえで仕事を請け負っているパターンが多い。

しかし、イチは殺しの命令をジジイと呼ばれる男性から受けて実行しているが、その殺しの背景に何があるか、なぜ殺す必要があるかは全く理解していない。

ジジイがイチのトラウマや性癖を利用して殺人を実行させているだけで、イチは対象者を真に死に至らしめる理由はわかっていない。ただ、学生時代のいじめの加害者と対象者を重ねて、殺すべき人物だと思い込んでいる。ときおりミステリー小説などで、暴力団の中でもリスキーな仕事をしている人間が、金銭的対価だけで殺す理由を良く把握せずに殺人を実行する事例がある。理由などどうでもよくても、報酬はどうでもよくないという、リスクへの対価は当然貰う実行犯が多いのに対し、イチが金銭的対価を魅力的に思っている描写は一切ない。

対象者をいじめの加害者に重ねて殺害したあと、なぜ性的な興奮を覚えるのかは謎であるが、自分を抑圧するものを排除したという解放感がエクスタシーになっているのかもしれないし、それが対価なのかもしれない。

この作品ではイチが主人公となっているが、結局は登場人物全てがジジイの手のひらに転がされている印象で、そのジジイですら何かを満たされていない一人の若者(実は、老人のような外見は整形)なのだ。ジジイの殺しの目的も非常に抽象的なものであり、貪欲に利益をむさぼるためとかそういう風でもない。(もっともジジイには金はかなりあるようだが)

イチの圧倒的な強さとジジイの斜め上をいく戦略、読めない落ちに、なぜか目を離せぬ中毒性のような魅力がある。誰もが、心の奥底にもつタブーを、実は体現した作品なのかもしれない。

山本英夫氏の想像力に脱帽

殺し屋1の作中に登場する人物ほどの奇特な性癖や行動、思考を持つ登場人物をゼロから生み出すことは、通常の感覚では非常に困難であると思う。

だからと言って、山本氏自身が、異常感覚の持ち主だったかというと、そうではないと感じる。根拠としては、殺し屋1を執筆していた1993年の当時では、交互に新のぞき屋も執筆されており、新のぞき屋は同じ裏稼業を扱った作品でも、非常に人情味あふれる展開になっているからだ。

もしかしたら、殺し屋1があまりに突き抜けた作品だったので、新のぞき屋を描くことでどこかメンタル的バランスを保っておられたのか?と、憶測の域ではあるが感じてしまう。

新のぞき屋の登場人物は、最もつかみどころがない主人公の見であっても、ある程度性格が読めるところがあるし、言っていることに素直に共感も持てる。しかし、イチについては一瞬正気と言うか一般的価値観に目覚めたかのような発言や思考になっても、いじめられていた時の事実なり妄想が思考を支配すると全く別人になってしまう。スイッチが入ったら全く得体のしれない人物になってしまうイチを余裕で操っているジジイも、またどれだけの人物か底が知れず、山本氏のキャラクター作りの奥の深さに驚嘆してしまう。

唐突な終わり方

本来殺すべき最終目的を果たして終わるかと思いきや、イチが平凡な男性になってしまった後日談的な話続き、ブツン途中で落丁本か?と思うような形で、この先はご想像にお任せしますという終了の仕方がされている。

そのような技法は近年では奥浩哉氏なども多用しているが、残虐描写の中にもどこか常識的倫理観が息づいている分、GANTZやいぬやしきなどの作品は「話に決着はついている」という体裁にはなっているので、ぷっつり終わったようでも、その後のことを読者が想像しなくてもいいような終わり方になっている。しかし、殺し屋1では、これからまた何か始まってしまうような布石を残して終わってしまった感じがあり、非常に気になってしまう。こういった読者をやきもきさせて終わらせてしまうのも、ある意味手法としてはユニークで、余計にインパクトがある終わり方になっている。

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