時間をテーマに繰り広げられる様々な世界 - 時の罠の感想

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時の罠

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感想数
1
読んだ人
1

時間をテーマに繰り広げられる様々な世界

1.51.5
文章力
2.0
ストーリー
2.0
キャラクター
1.5
設定
2.0
演出
1.5

目次

4人の作家によるそれぞれの“時”

時間といってもその捉え方はそれぞれだ。タイムカプセルで知る時の経過や時を経て明らかになるそれぞれの誤解など、色々な世界が描かれている。またこのようなアンソロジーではこれまで読んだことのなかった作家との新しい出会いなどもあり、実に読み始めは実にワクワクする。自分好みの作家を見つけることができるか、そういう発見こそアンソロジーの魅力でもある。
そして今回気づいたのは、当たり前のことだけれど、作家によって実に様々な文章のスタイルがあるなあということだ。同じ文字を使ってこうも表現の仕方が違うのかと、今更ながら気づかされた。そして自分の好みのスタイルはやはりこの年になるとできあがっていて、それ以外をなかなか受け付けなくなっていることにも。
逆に好みの作家の作品のよさが際立って見え、変な例えかもしれないけれど、浮気をして余計本当の恋人のよさを再確認するようなそんな気がした。
この「時の罠」には全部で4人の作家が書いた4つの短編で構成されている。そして読み終わった結果としてそのうち2人までもが、まるっきり見事に頭に文章が入ってこなかった。そしてそれは完全に好みの問題なのだろう。
アンソロジーならそこにいる作家すべてを気に入ることができたなら今後の読書の選択に事欠かないのに、よりにもよって半分が受け付けないとなるとなかなか出会いは成就しないということだ。だけどそれは珍しいことではない。実は今まで読んだアンソロジーで全ての作家を気に入ったことはない。だけれども、時間の短縮としてはこの手段が一番いいと思う考えには揺らぎはない。
そしてまた読んだことのある作家の作品を読み返したりすることになるのだ。

タイムカプセルの価値観の相違を描いた作品

この本の一番最初に収められているのは「タイムカプセルの八年」だ。作家は辻村深月で名前だけは知っていたものの、作品を読んだことはない。初めての出会いに心浮き立ちながら読み始めると、その文章はこちらの気持ちを一気に引き込んだ。
主人公は大学の講師である孝臣はいわば学者として生きてきた人間で、その挙動は世の人たちから“変わり者”と評される人間だ。休みを家族のために使おうという発想がない、一つに没頭すると他はなにも見えないなど、いかにも学者らしい学者ではあるが、共に生活ししかも小さな子を抱える妻としては文句の1つや2つ、それよりもいくつでも出そうな行動をする男性だ。もちろんその気持ちはわかるのだけど(思い存分読書がしたいとか)妻はそれを我慢して子育てをしているわけで、自分だけそれから逃げようとする態度は気に入らない。子供に関すること全てがその逃げ前提だったこの孝臣が唯一心を動かしたのは、息子たちが喜んで将来開けるのを楽しみに詰め込んだタイムカプセルを担任が実は埋めていなかったという不正行為だ。自分でも思いがけないほど心の熱さを感じた孝臣は本来苦手なはずの自ら意見を学校に申し立てに行くということをするのだ。今まで自分の面倒という気持ちを一番に最優先させてきた孝臣だったけれど、このことだけは許せないポイントを超えたのかもしれない。親父会の誰にも相談せず(この親父会での孝臣の居心地の悪さなどはとてもうまく描写されており、個人的にちょうど同じようのなことがあったため深く感情移入してしまったところだ)、自ら学校に赴き淡々と状況を説明し、誰も責めずにタイムカプセルを探し出し埋め戻そうという計画は、子供を一番に考えている様子が伝わってきて、不正を暴かないことを納得させられた気分になった。
結果オーライにはなったけれど、子供にとっては一大イベントで将来の楽しみにもなりうるタイムカプセルを、よくも埋めもせず放置することができたものだ。それが人気のある担任の行為だというから恐れ入る。うわべの良さは確かのものだったのかもしれないが、そこに誠意がないのは目に見えている。
いい先生の裏を見たような冷たさを残す話だけれど、親父たちが奔走した結果、息子らは何も知らずにタイムカプセルを開封し楽しむことができた。反面、不正を働いた担任は落ち着きのない年月を過ごすのだろう。せめて良心の呵責に苛まれながら生きて欲しいと思った。

湊かなえのタイムカプセルの物語

“時”がテーマになっているから無理もないけれど、同じくタイムカプセルものとして書かれた別の作品もある。港かなえの書いたこの作品は、湊かなえらしい暗さと重さを兼ねそろえた短編と仕上がっている。また湊かなえの作品で時々取り上げられているイジメ描写も描かれており、その描写は現実をうんざりさせるに十分なものだった。
耳の不自由な主人公優介は、そのハンディキャップゆえにリーダー格の男の子たちからイジメを受けていた。大きな事件は一つあったけれどそれを乗り越え(この時の両親の対応は見習いたいところだ)、友達もできて学校生活を楽しめそうになってきたところ、信頼していた友人の裏切りのためにまた突き落とされてしまう。ここのあたりの描写は心が痛くなるほどだった。精神的なショックで全く耳が聞こえなくなってしまった優介だけれど、実は比較的すぐ治っていた。現実の声を聞きたくないばかりに、聞こえているのに聞こえないふりをして生活しているそのつらさと優介の不憫さが重なって、文章が読みづらくなるほどだった。またその表現力の高さゆえにもう見たくないのに見えてしまうようなつらさを感じた。
結果そういった親友の裏切りは誤解だったことをタイムカプセル開封のために集まった同級生たちによって知らされる。全ては悪意のない誤解の重なりで、しかもそれを伝えようとした同級生たちの言葉は耳が聞こえないことを理由に聞こうとしなかった自分にも原因があると物語は急速に終わりに向かうのだけれど、この展開はいささか違和感を感じた。というのは、自分も悪かったのではないかという自己反省に向かうのがあまりにも早すぎるように思えたのだ。実際イジメを受けていたのは本当だし、誤解だったにせよ長い間そのままそれを抱えたまま生きてきた分、心がねじれてしまっててもしょうがないと思う。その長い間硬く凝り固まった心はそう簡単にほぐれないのではないか。ここに一抹のリアリティの欠如を感じたところだ。
他の湊かなえ作品ではあまりそのようなリアリティの欠如を感じたことはないので、この短編は彼女にしたらいささか尺が短すぎたのかもしれない。少しの消化不良を残した物語だった。

残る二つの物語

この「時の罠」には辻村深月と湊かなえのほかに2人が書いた作品も収められている。辻村深月と湊かなえの間に挟まれて収められている作家は万城目学と米澤穂信だ。前述したけれど、この2人の文章が個人的にはまるでだめだった。万城目学は名前は知っていたけれど、作品は読んだことがなかった(そもそも万城目といえば「20/21世紀少年」の万丈目が出てくるくらいの知識しかなかったくらいだ)。万城目学の作品が映画化された映画は見たことがある。「プリンセス・トヨトミ」「鴨川ホルモー」だけだけど、見事にこの映画も個人的には受け付けなかった(映画館で見なかったことが幸いなほどに)。とはいえ小説を読んだことがなかったのでいそいそと読みにかかったのだけど、1ページ目だけでだめな予感があり、2ページ目でそれは早くも確定した。その表現がまったく話に入ってこないのだ。飛ばし飛ばし読んで読めそうなところを拾っても少し進んだらもう文章が目滑りしてしまい、頭に内容がまったく入ってこない。これはダメだと早々に読むのをあきらめた。
次が米澤穂信だ。“時”をテーマに現代と過去を同時進行させたストーリーなのかなと、ぱっと見て想像はしたけれど、いかんせんこれもまたまるっきり内容が頭に入らなかった。飛ばして別のページをトライしても脳が読むのを拒否してしまう。
万城目学と同じく飛ばし飛ばし読んでも、最後まで読み通すことができなかった2つの作品だった。

アンソロジーの魅力

出会ったことのない作家に出会うことこそその楽しみであるアンソロジーだけれど、その分個人的にダメだなと思う話に見切りをつけるのも早い。生半可に長編など読んでしまうとここから巻き返すのかもとか、ここから面白くなるのかもとずるずると読み続けてしまうのだけど(映画にも同じことが言える)、短編だともういいやとあっさりと読むのを止めることができるのがいい。
逆にここまで好みに合わない作家だったため早めに見切りをつけることができたことは、結果的に良かったなと思えた。
今回の「時の罠」で気になった作家は辻村深月だ。一人に見つけられただけでもこれを読んだ価値があったと思う。

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