殺し合いの先にも殺し合いしかないだろう
意志がある別の生命体になる
屍鬼は、人間が屍鬼に殺されることで感染し、ふたたび命を宿す生命体と言えるだろう。人間だった者が人間ではなくなるが、記憶もすべて継承し、また新たな存在として生きていく、というような状態だ。紫外線に当たってしまうと溶けて消滅するため、ゾンビよりも格段に体は弱っちいが、知能は人間そのもの。夜の闇に紛れて活動し、着実にその種を増やしていくのである。普通に家屋の屋根裏・天井裏に棲み付いている様子はギャグっぽい。こんなにシリアスホラーなのに、隠れる手段が雑すぎるからだ。
屍鬼は狙って人間を殺して仲間にしている様子で、そこにはもしかしたら愛もあるのかも…と思わせるのが少しせつない。多少、もう死んじゃった体だし、人間としては生きていけないから、やけくそになってるんじゃないだろうかとも思う。意思を持っているとはいえ、屍鬼の沙子のほうも迷いながら進んでいる気がするし、自分たちの在り方と、これからの生き方を模索しつつ、仲間をとりあえず増やしているような印象を受けた。そうでなければ、室井の話になんて耳を貸さないと思うし、人間と人間ではない者が一緒に生きていく道を選ぼうなんてしないはずだ。
伝染病ではないかと疑い、一生懸命調べていた尾崎は、どう見ても夏野と同じ顔なのが気に入らなかった。そのため、なんかうまく感情移入できなかったのだが、不眠不休でがんばる彼は実に立派だったと思う。人と屍鬼を対比させ、離れようとすることもあれば、歩み寄ろうとすることもあり、さらにはお互いの存在を消そうともする。それは恐怖であり、愛でもあり、たとえそれが親友や大切な人であったとしても、守ることはできないのだろうか…?このじんわりとした切なさが沁みる。
主人公は尾崎
あの始まり方では、夏野がヒーロー役だと思うじゃないか。ヒーローが屍鬼と化し、それでも人として生きようともがく様を見せてくれるのかもしれない、と思っていた。ところが、特効薬ができるわけでもなく、村が全焼して人も屍鬼も沙子・室井・尾崎を残して死んでしまった。何が残ったわけでもなく、相対する存在同士がぶつかり合ってパニックを引き起こし、最終的には相殺してしまったのだ。
人狼となった夏野は、なった種類的にも人間としても生きていけるようなことになりそうだと思ったんだけどな…辰巳も、殺したくて殺したんじゃないって思いたい。でも、殺しあわなくては生き延びられない関係性もあるんだろう。牛・豚・鶏を食べずに長く生きていけるほど人間の体は強くないし、何かを殺して、生きていくんだろう。そして同じだけの高さに存在したとき、殺しあうしかないのかもしれない。
死んでしまった人を見送る仕事をしてきた室井、そして人が死なないように必死で助ける仕事をしてきた尾崎。人間のときでも、屍鬼のときでも、人を見る目は違っていたと言えるだろう。あがくのか、受け入れるのか。どちらが正しいともいえず、奪い合うことが正義とも言えない。その難しさがこの物語にはぎゅっと凝縮されている。
よくよく考えてみれば、別に殺しあう必要はなかったんじゃないの…?と思うが、得体のしれない者と生きていくことは、人間には無理なんだろう。どこかで裏切り、傷つけあうのは人間同士でも同じのくせに、別ものを前にするともっと非情になるらしい。
細かすぎてキモい
なんといっても、この空気と背景がやばい。真っ黒な闇に潜む屍鬼。そこで死に至る人間や、腐った人間。生きようとする人間の醜さも、にじみ出るような描写だ。屍鬼が溶けていく様子はまさにキモいし、虫食いになっている人間なんてもっとキモい。何気なく登場するおじいちゃんやおばあちゃん、村人たちの顔やスタイルもリアルっぽい。個人的には布団とか家屋とか、その細かすぎる背景に驚いている。何しろ主要人物とのギャップが激しいからだ。主要人物は普通でいかにもアニメちっく顔…しかも夏野と尾崎が全然見分けがつかない。カバーとか表紙はそれなりに輝きが感じられるのに、なぜこうも描き方が違うのか…謎である。最終巻なんてなかなかイカした表紙。
一番は、人間が屍鬼を殺すときの形相。これが最も怖く、うまい絵だった。もはや化け物。どちらが弱く、どちらが脅かされていたのかすらわからなくなるほどの怖さがある。どっかの大佐なみに筋肉のあるおっさんもいるし、そのパワーで敵をぶち抜く姿は「鬼」としか言いようがない。
人と人ではない存在は分かり合えない
人同士でも分かり合えないのに、種族を超えて分かり合うなんて、絶対無理だ。そう思った。だからいっそ、離れて暮らすほうがいいんだと思う。お互い干渉しなければ、静かに生きていけるんだと思う。人間は増えすぎたし、地球上では他の種族が困っているかもしれない。いっそ地球から別の星へ移って暮らす手段を取ったらどうかとすら思う。そんなの冷たすぎるって言うなら、人間を一瞬で殺すかもしれない病原菌の存在も守ろうとするってことになるのか?と問いたい。時間でもお金でもいいけど、何かを犠牲にしていつも進化をしていくのだろうと思うし…なんか難しいね。屍鬼とすみ分ける方法を探るというのは、人間と似たような姿かたち・思考・言葉があるから贔屓してしまうだけかもしれない。いっそ住む星を変えたらいいのに。
人間がケモノのように屍鬼を襲い、だんだん止めれなくなっていく。そして、尾崎が言う言葉に追い打ちをかけられるのだ。
…やはり負けたのかな。おれは。
そうです。負けたのです。誰にも収拾が付けられなくなって、終わらせるにはどっちも消えるしかなかった。そこに人は住めない。そうして田舎の1つの村は終わってしまった。原因を探って、助かる方法を探していたはずなのにね。病を絶とうとしたことが、別の何かを殺すことになり、そして自分たちを殺すことになった。これはもう、狂気に負けたというしかないのだ。生き残ったからこそ、これからは誰かを殺すことや、傷つけることではなくて、生きていく道を探してほしい。尾崎はどうなってしまったんだろうか。
その後が見たいんですけど
室井と沙子みたいな関係こそ稀であり、でも希望でもある。静かに寄り添って生きていくことができるかどうかは、愛があるかどうかなんだと思う。番外編でもいいから、2人はどのように生きていっているのか、教えてほしいものだ。尾崎もだけど、どちらかといえば不利な立場にある室井と沙子が、屍鬼として何を思い、どう行動するのか。興味があるよね。
ただ、それを教えないからこそ、想像が掻き立てられるものでもある。どこかにはそんな存在がいるのかもしれない。考えるだけで、恐怖よりはワクワクを感じることも事実だ。
確かに怖くてグロい漫画ではあったが、だんだん背景が分かるにつれて切なくなってきて、どこかでやめてくれないかなと思ってやまなかった。夏野が生きてたらな…夜活動して、昼寝てればいいんだよ。そういう仕事だってあるじゃない。助け合えたら…どれほどよかっただろう。でも、そういう終わりでは生ぬるい。殺し合いの先には殺し合いしかない。だから、やめたら後は手を出さないことがベストなのかもしれないね。どちらかが始めてしまったら、どっちが先・こっちが先って話がめんどくさくなって、終わりなんてやってこないんじゃないだろうか。戦争はやめたいね。うん。こればっかりは本当だ。
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