小野不由美の代表作と藤崎竜のタッグ
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人を外れた存在。人の生き血をすする存在、屍鬼。対する人間の胸に浮かぶのは、悲しみか憎しみか。
『屍鬼』は、一般的にはホラーと分類されることが多い作品だ。
確かに、間違ってはいない。今なお土葬が行われる山間の村に蔓延する死の病気。死をもたらすのは、死してなお人としての意識を持ち続ける吸血鬼ーー屍鬼たち。屍鬼たちは人の道に反していることを自覚しながら、空腹に抗うことが出来ず、かつての友人、家族、恋人を襲い血をすすっていく…。
この小野不由美の長編小説が、『封神演義』で知られる漫画家・藤崎竜によって漫画化された。原作『屍鬼』はもともと挿絵のない小説であり、住職・室井静信や村唯一の医者・尾崎敏夫などのキャラクターが藤崎竜の手によって初めてデザインを起こされた(ただし、主役たちはまだまともなデザインが多いのだが、端役のキャラはよくも悪くもケレン味溢れる「フジリュー」の色が強く現れているので、苦手な人は少々辛いかもしれない)。
キャラクターデザインの他にも、原作版とは違う漫画版独自の展開が随所でなされている。なお、本考察は漫画版『屍鬼』のものであるため、原作と同じストーリーや設定についてはあまり評価・考察せずにしておきたいので、ご了承いただきたい。
夏野の人狼化・昭の生存は、原作ファンにとっては本当にありがたい変更だった
先に述べたように、藤崎竜による独特の原作改編は、原点『屍鬼』ファンにとっては正直受け付けない部分も多かった。
服装、髪型に特徴のありすぎるキャラクターデザインもそうだし、『屍鬼』の暗くてダークな世界観に藤崎竜の軽妙なノリや言葉センスが合わないことも多い。巨大化した大川富雄などは、その最たるものであろう。
だが、一方で原作から変更された部分で、原点『屍鬼』ファンを大いに歓喜させたことがあった。その代表的な事例が、結城夏野の人狼化と、田中昭の生存である。
原作では、序盤から主人公的な立ち位置にいた夏野は、屍鬼になることなくそのまま死亡している。だが、漫画では屍鬼・人狼と転化し、屍鬼を追い詰める生存者の尾崎をサポートするキーキャラクターへと変化している。一般的な物語であれば、主人公になったであろう夏野の死に驚いた読者は多かっただけに、これに喜んだ人は多いのではないだろうか。
また、一番の朗報となったのが田中昭の生存であろう。健全・健康な男子中学生であり、屍鬼を独自に調べていた昭が死んでしまい、しかも粗末に葬られたことにショックを受けた原作読者は多かっただろう。それが、漫画版では夏野の助けがあり生きていたことが判明した。暗い展開が多い原作において田中姉弟の存在は一抹の清涼剤となっていたぶん、昭の死は本当に衝撃的だっただけに、この救済措置は本当にありがたかった。
ただし、原作から削られたり、説明不足のエピソードも多い。
特に漫画の読者層に合わないキャラクターのエピソード欠如が顕著だ。
自らが死んで屍鬼になり、孤独に耐えられず家族を屍鬼にしようとするも失敗し、家族を全員殺してしまう結果となった安森奈緒。女手一つで自分を育ててくれた母が屍鬼になり、必死で保護しようとするも、友人に裏切られ母を殺されてしまう矢野加奈美。彼女らのエピソードは『屍鬼』という物語が伝えたい最大のメッセージが込められているだけに、削られてしまうのはとても惜しい。
画が下手という訳ではないが、背景には問題があるか
もともと、藤崎竜は作画に定評のある作家である。ケレン味のあるキャラクターデザインや小物センスは賛否両論あったが、どちらかといえば支持する読者の方が多かったように思う。漫画家・藤崎竜の持ち味は、現代日本を舞台にしている『屍鬼』においても発揮されることになった。
キャラクターの作画については賛否あるものの、作品を読む上ではさほど困ることにはならなかった。問題なのが、キャラクター以外の部分ーー背景である。
もともと藤崎竜はCGを多用する作家であったが、『屍鬼』においては、実際の風景を撮った写真を加工し、漫画のなかに取り込んでいる手法を使って居る(おそらくはPhotoshopやIllustratorなどの画像ソフトの使用によるものだと思われる)。しかし、これをモノクロ漫画で読むとなると、大変見づらいのだ。
1ページぶんの画面が真っ黒になり、キャラクターたちが村のどこにいて、どの建物のどの部屋にいるか、さっぱりわからないことも多かった。また、写真を加工した写実的な背景になっているため、藤崎竜の作画との差が激しく、違和感を感じることが多々あった。
作風と言われてしまえばそれまでなのだが、これはあまりに読者にとって不親切だといえるだろう。
『屍鬼』は月刊誌である『ジャンプSQ』で連載上でされていた作品であり、一作を完成される時間的にも猶予があったはずである。もう少し読者に寄って作品を作ってもよかったのではないだろうか、とも筆者は思う。
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