人と人ならざる者の壮絶なバトルロワイヤル
よくあるゾンビより質が悪い
生きるか死ぬか。人間と屍鬼のバトルが閉鎖された空間の中で巻き起こるデスゲーム。
屍鬼は特殊で、屍鬼に噛まれて感染するあたりは、よくあるゾンビの物語と同じなんですけど、意思があるんですよね。そして狙ってそいつを仲間に引き入れる。紫外線に当たると溶けちゃうから、夜にしか活動できないっていうのはドラキュラと組み合わせてるっぽいです。昼間は日の当たらない床下や天井裏などに潜み、夜になると活動を開始。怖いわ~…清水なんてもう夏野への執着が恐ろしくて、怖すぎた…
頭をぶち抜けば死ぬのではなく、体のど真ん中の大事な部分をぶっ壊されると完全に死んでいくという屍鬼。よく尾崎さん発見したな~と思います。医者として、何らかの伝染病を疑い、何とか死因を特定し防ごうと努力する。とても医師として立派だったと感じます。次々に身近な人間が亡くなっていく恐怖。そしてなぜか「起き上がり」再び目の前に姿を現す恐怖。原因の分からぬままいずれ自分がそうなるかもしれない恐怖…様々なものに押しつぶされそうになりながらも、不眠不休で患者を助けようとし続けている姿勢は本当に素晴らしいものがありました。屍鬼の小説を書いていた親友と仲たがいし、それぞれが人と人ではない者に別れてしまうという組み合わせもまたうまくできています。この物語は、小さな村で起こった、人殺しの物語ではあるけれど、2人の親友が道を別つことになった始まりの物語ともいえるのではないでしょうか。
夏野が主人公じゃなかった
てっきり、夏野が主人公だと思ってたんですよ。序盤でしっかりと人物像やフラストレーションが描かれていたので。一時は屍鬼に堕ちたとしても、何か特効薬かなんかが出て、もう一度新たな気持ちで生き始めるとか。そういうラストを想像していました。ところが、物語はどんどん人間がおかしくなっていき、どちらの種が生き残るかという戦争になってしまいました。
夏野は、人狼となってしまったにもかかわらず、辰巳を道連れにして死を選びました。その姿をみると、人ではなくなっても、生きることを望んだ、人とは種が違うだけの存在として、認めてあげてほしかったなという気持ちになりました。お互いにお互いを誇示するのではなくて…みんな沙子みたいな考え方のできる存在だったら、また道は違っていたのかもしれないのにね…人間同士ですらいろいろあるわけで、どうにもならないことなのかもしれないんだけどさ…
結局、主人公は尾崎先生。そして影の主人公が室井さんだったってわけでした。人側の尾崎先生と、屍鬼側の室井さん…(室井さんって聞くと刑事思い出してしまうのでなんか雰囲気が崩れてしまう気がします…私だけでしょうか。)一生懸命どうにかしようってあがき続ける尾崎先生と、どこか遠くから人の死を見ているような室井さん。結局は殺し合いになってしまい、恐怖に恐怖で答えただけだった。これは悲しくもあり、むなしくもあり、正しくもある。人もしょせん動物で、自分が生きるために行動することしかできないのかもしれないと思いました。
画が強烈
この漫画の画はけっこう強烈です。背景、空気感がものすごい細かさで描かれています。特に布団と木造家屋!これはかなりのクオリティです。黒が多くて、絵具で塗られたみたいなぼかしもあって、おどろおどろしさがぐっと強調されていますね。屍鬼は音なく殺しにやってくる。人間は大きな音を立てて叫びと共に屍鬼を殺しに来る。その対比もまた恐怖を煽ってくるんですよね。屍鬼が溶けるシーンや、人間が屍鬼を殺すところなんてもう…一瞬目をそむけたくなるようなグロさがあります。もとはと言えば、同じ人間だったはずなんですけどね…
人物の画に関してはそんなに光るものがあるとは感じませんが、人間の性格がそのままその人の表情や体つきに出た表現になっているので、キャラクターが一人一人面白いと思います。室井さんは当初より完全に屍鬼みたいな目になってるし、徹ちゃんは優しさの塊みたいな表情で、酒屋のおじさんはハガレンの大佐みたいなマッスルをお持ちでした。その筋肉を持って屍鬼を殺すところなんてもう…ハガレンぽかったです。おじさん・おばさんは妙にリアリティがありましたね。その分、夏野や尾崎先生は同じ顔じゃん…って思ってしまって残念でしたね。夏野の顔にひげ生やしただけじゃないかと思います。顔のつくりもこの2人だけは某有名なカードゲーム漫画の顔みたいで…なぜこうも差があるのだろう。ただ、巻頭のカラーイラスト、カバーイラストはかなりの細かさ!なぜ本編中もこれくらいで描かれないのでしょうか?
人vs人ならざる者
いろんな種族があっていいのだと思いたい。それぞれにいいところを生かして生きていければいいのだと思いたい。だけどどこかで、自分と同じではないものに対しての興味とは違う、恐怖感を持っている。これは同じ人間だって、国が違えば当然のように持っている気持ちのはずです。体の色だって、顔つきだって、使う言葉だって違うんですから。人は自分を綺麗で正しく、尊重されるべきその存在だとどこかで考えていて、それを崩そうとするものをなくそうとするのはきっと当たり前で…だって、ウイルスとか病原菌だって、生きようとして増殖するわけで、そいつらは人間を殺す可能性を持っているから抹殺されてしまうのだから…動物と分かり合うことも、病原菌と分かり合うことも、無理なんだよなー。
人と同じ形をしているから、同じ言葉をつかえるから、分かり合えたらいいのにって思ってしまうのは、贔屓なのかもしれませんね。最終的に、村は全部燃えてしまって、誰もそこでは生きられなくなった。収拾のつかなくなったいざこざを、炎で全部消し去ってくれたわけです。そして尾崎先生が言う。
…やはり負けたのかな。おれは。
結局、何を守ろうとしていたんだろうね。生まれ育った大切な村?大切な人たち?全部失ってしまったね。この先には何もない。人の狂気に、負けてしまったと言えるかもしれません。何が正しいのかわからないけれど、ただ生きて、がんばっていってもらいたいなと思うしかありません。
結局相容れることがなかった
分かり合えないなりに、生きていく方法はあったかもしれないのに…
沙子を理解し、ともに生きていくことを決めた室井さん。これから先、どんな風に生きていくのでしょうか。ただこの2人は、何かを起こすのではなく、ただひっそりと、2人の時間を大切に生きていくような気がします。屍鬼にも寿命ってあるのかな?わからないですが、もし続編が出るなら、番外編でこの2人のその後が見たいですね。もちろん、尾崎先生のこれからも気になる。双極になってしまった2人の人生が、どちらにとっても笑顔あるものであると信じたいです。別々の道を歩んでも、生きていけるのであれば…
強烈なインパクトを残すというより、じわじわと、迫りくる何かを描いているこの作品。人は弱くなんかない。もっとずっと恐ろしい。それを思い知らせるように語りかけます。こういう奇妙な、でもなぜか考えさせられるような漫画を読むと、思い出してしまう言葉があります。「人間の想像できることはおそらく実現できる。」いつの日か、いや、もしかしたら、どこかで何かが起こっているのかもしれない。平和はいつまでも続かないのかもしれない。当たり前は簡単に崩れてしまうかもしれないし、もしかしたら崩れることを望んでいるのかもしれない…。ずっしりと心に残る作品になりました。
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