「北北西に進路を取れ」の原典ともいうべき作品で、劇場に始まり劇場に終わるという構成の冒険サスペンス 「三十九夜」 - 三十九夜の感想

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「北北西に進路を取れ」の原典ともいうべき作品で、劇場に始まり劇場に終わるという構成の冒険サスペンス 「三十九夜」

4.04.0
映像
4.0
脚本
4.0
キャスト
3.5
音楽
3.5
演出
4.0

主人公のリチャード・ハネイ(ロバート・ドーナット)は、劇場で殺人事件に遭遇し、アナベラと名のる謎めいた女と知り合う。彼女を家に泊めるが、何者かによって殺害され、彼女が口にした「39階段」の意味を追って、スコットランドのアルナ・シェラへと向かうのだった。その間、警察に追われ、乗り込んだ列車から間一髪で逃走したハネイは、スコットランドの農家へ身を潜めるが-------。

このアルフレッド・ヒッチコック監督の「三十九夜」は、彼の代表作の1本でもある「北北西に進路を取れ」の原典ともいうべき作品で、劇場に始まり、劇場に終わるという冒険サスペンスの佳作だと思う。

劇中、劇場はまずはオープニングの「ミュージック・ホール」、第2は町の「公会堂」、第3はラストの「パラディウム劇場」と3度登場し、この劇場という公共の場所で事件が発生したり、殺人が行なわれたりするというシチュエーションをもってくるところは、ヒッチコック監督の趣味なのだろうと思う。

1番目の「ミュージック・ホール」でハネイは、記憶力に優れた男"Mr.メモリー"という芸人の舞台を観ていて、殺人事件に巻き込まれてしまう。発砲、劇場内の混乱、いつの間にか庇っていた謎の女アナベラをアパートに連れていき、食事をさせて話を聞くのだった。

ここまでの展開は、非常にスピーディーで「家へ連れていって」と寄ってくるアナベラの謎めいたセクシーさをからめて、観ている者の興味を先へと繋いでいきます。この女が地図を広げ「スコットランドのアルナ・シェラへ行く」「小指のない男には気をつけろ」という件はいいのですが、その後のアナベラが殺害されるシーンが余りにも唐突過ぎるような気がします。

窓のカーテンが夜風でひらめく、すると突然、ハネイの部屋のドアを開けて、胸を撃たれたらしいアナベラが入って来て倒れる-------、これでは、彼女がどこでどうやって殺されたのか分からないし、犯人が室内に侵入して来たのなら、その部屋にいるハネイだって危ない訳です。おまけに女の追手は外の電話ボックスにいて、ハネイにジャンジャン電話をかけてくるとなると、ますます女殺しの状況が判然としない。

だが、ここでヒッチコック監督らしいのは、ハネイがその混乱した切迫した状況の中で、女の言葉を思い出すシーンだ。外の追手のロングショットにダブるアナベラの顔、そして手元の地図にダブるアナベラの表情-------、これがハネイにスコットランド行きを決意させるという映像表現なのだ。説得力が十分とは言えないが、映像としての絵的にはなかなか面白いと思う。

そこでハネイは、アパートを牛乳配達に変装して脱出、列車に乗り込み、二人の好色そうな紳士の会話を聞くともなしに聞いていく。

ショック演出に鋭い手腕を見せていた英国時代のヒッチコック監督らしいのは、死体を発見したメイドの叫ぶ顔に、悲鳴の代わりにトンネルから出て来る列車の汽笛を聞かせるという、テクニックを使って見せるのだ。これは、形を変えて「バルカン超特急」にも出て来ます。

そして、ハネイが新聞を読むシーンで、カメラはしばしばハネイの視線となり、こちらを見ている紳士の顔を映し出し、あたかもハネイと同化する錯覚にとらわれていく、この辺りもヒッチコック監督のうまい手法だ。刑事が列車の客室を捜索しに来て、ハネイはパメラ(マデリーン・キャロル)という女のところへ潜り込み、ラブシーンを見せて刑事をまこうとするが、女にチクられ外へ逃れ、別の客室へ、そして通路を抜けて列車の後部へ-------。

この間に刑事は急ブレーキをひくが、その描写が音響のみでしか表現されないため、急停車した感じがしない。ここでは、ブレーキで軋む車輪のショットなり、前倒しになってもんどりうつ乗客のショットなりが欲しいところだ。

これ以降、ハネイ、あるいはハネイとパメラの冒険行が描かれていきますが、この中でいかにもヒッチコック監督らしい場面を列挙すると、農婦の家でランプの灯りに照らし出される新聞記事、敵のスパイ、ジョーダン教授宅で撃たれたハネイが、コートに忍ばせてあったぶ厚い讃美歌の本で命拾いするシーン、理解者かと思いきや一転してハネイを裏切る執行官、2番目の「公会堂」で窮したハネイが「チャップリンの独裁者」よろしく大演説をぶつ、ユーモラスなシーン、ハネイと手錠で繋がれたパメラが、ストッキングを脱ぐ時のセクシーなシーン等々で、見どころはいっぱいだ。

そして、映像テクニック的に唸ってしまうのは、ハネイとパメラを乗せ夜道を走る車の後部にカメラがぐっと回り込んだと思いきや、そのままロケーション・ショットになって、車が道路の彼方へ消えていくシーンだ。この場合、カメラが回り込んで車の後部をフレームいっぱいに映したロケ・ショットとなり、そうと分からないようにうまく繋がれているのだ。この優れたテクニックは、以降、ヒッチコック監督の作品に度々顔を出し、「フレンジー」のアパートでの"階段抜け長廻しショット"にまで応用されていくのです。

ラスト、ハネイの無罪を立証するように、"Mr.メモリー"は、ご丁寧にも全てを告白して息絶える-------、余りにも呆気なさすぎる気もしますが、そうでもしなければこの映画は、ハッピーエンドで終われなかったのかも知れません。それにしても、ちょっと苦しいエンディングだったと思います。

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