半沢直樹ばかりではない!池井戸作品の魅力 - 最終退行の感想

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最終退行

4.304.30
文章力
4.80
ストーリー
4.50
キャラクター
4.50
設定
4.00
演出
4.00
感想数
1
読んだ人
1

半沢直樹ばかりではない!池井戸作品の魅力

4.34.3
文章力
4.8
ストーリー
4.5
キャラクター
4.5
設定
4.0
演出
4.0

目次

元銀行員だった作者だからこそ描ける金融業界の内幕とM資金をめぐるミステリー

最終退行は、ドラマ化もされた事のある下町ロケットや、半沢直樹ですっかり有名になった池井戸潤さんの小説です。

物語は、敗色濃厚となった旧日本軍が、第二次世界大戦中に強奪した資金を金塊にかえ、東京湾に沈めたという噂のあるM資金を密かに引き上げようとしている場面から始まります。

冒頭を読んだ限りでは、一見いつもの池井戸さんの作品とは異なるストーリーなのかと思ってしまいますが、読み進めていくと、物語はこの作者が得意とする金融関係の内情に関するものへと展開していきます。

バブルが崩壊した事によって、都市銀行の中でもすっかり負け組として扱われる様になってしまった東京第一銀行。この銀行の羽田支店で副支店長を務め、融資課長を兼任している蓮沼鶏ニが主人公です。東京第一銀行では、何とかして業績を上げようと取引先の企業に対して貸し剝がしを進めるものの、現場で働く銀行員達は取引先との板挟みになって苦しんでいました。自分の利益のためは部下の事には目もくれず、エリート意識を丸出しにして周囲を見下している支店長。そんな支店長と対立した事で、毎日残業を強いられている蓮沼。

始めはこんな感じで蓮沼を中心とした環境や人間関係について話が進んでいきます。冒頭に出てきたM資金などの事は、物語に関係がない様に思われ、かくゆう私もそんな事などすっかり忘れて読み耽っていました。ところが更に先へと話を進めていくと、この平行するふたつの話が少しずつ関連を持ち始め、やがては銀行を牛耳っている現会長の久遠の不正が暴かれる事に繋がっていくという、スケールの大きな話へと発展していきます。

始めは金融業界の専門用語などの難しい言葉が多く、中々読み進められずに苦しみましたが、そこを乗り越えれば怒涛の展開が待ち受けています。

池井戸さんの作品は、どの作品においても弱者の目線で物語が描かれています。それがまた主人公への共感を呼ぶのですが、今回のこの最終退行については池井戸さんの作品としては珍しく、主人公の蓮沼が不倫をしているという設定で、決して清廉潔白な人物ではないところに始めはモヤモヤしました。

ですが、東京第一銀行の支店長しかり、離婚訴訟中の蓮沼の妻というのが、夫の出世とお金にしか興味がなく、蓮沼が大変な思いをしていても全く理解を示さないというイヤな女性で、これでは外に恋人を作っても仕方がない、とかえって蓮沼に同情してしまいました。この妻との離婚劇もまた見所のひとつになります。

池井戸さんの小説では、どの作品にもいえる事ですが、いかにも身近に居そうな登場人物が魅力です。人間関係はここまで極端ではないにしても、舞台となる銀行などは、名前からしていかにも本当にありそうな銀行に思えてくるから不思議です。

あの手この手と姑息な手を使って部下たちの手柄を奪い、失敗は全て部下に押し付ける。これで何がエリートかと叫び出しそうになります。この辺の小憎らしい悪役の描写はしてやられたという感じ、この小説を読んだ方の中にも、こんな理不尽な上司に苦しめられている方も少なくないはず。

また、始めは金融業界の裏事情が描かれているのかと思いきや、それもありつつM資金を廻る宝探しも話に絡み、推理小説さながらのミステリーも楽しむ事が出来ました。

金に目の眩んだ人間がお互いの腹を探り合いう様は、こんな人間にはなりたくない!と思いながらも、同じ立場だったらどうなるかはわからないな、と少しドキリとさせられます。

銀行を舞台にした勧善懲悪のストーリー

社会的にも優位な立場にある人間が周囲の人たちを見下し、自らの保身のために利用しては切り捨てていく。そういった人間達を最後にはぎゃふんと言わせる、というのが池井戸作品のひとつのパターンではあります。ですが、それがわかってはいても サスペンス的な要素も楽しむ事が出来るなど、最後まで面白く楽しむ事が出来ました。

最後に主人公自身の気持ちがスッキリしなかったというか、後味の悪さを感じる部分もあり、他の池井戸作品とは少し違った印象を受けました。とはいえ弱者に対して好き放題振る舞う権力者に反旗を翻して打ち勝つ爽快感、悪は必ず打ち砕かれるという勧善懲悪のハッピーエンドを求めているなら、読んで見ても決して損はないかと思います。

池井戸作品のもうひとつの楽しみ方

池井戸さんの作品ですから最後はハッピーエンドの結末がわかっていても、こうも楽しむ事が出来るのは、何よりストーリーが面白いからだと思います。銀行という作者が良く知る場所を舞台に、組織の中で働くという事の難しさや自分自身のモラルとのズレへの葛藤が良く伝わっきます。池井戸作品では心理描写もさる事ながら、銀行の専門用語を知る事が出来るのも楽しみのひとつ。最終退行という言葉が、銀行オフィスを最後に出る者の役割だった事を、この作品を読んで初めて知る事が出来ました。

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