篠原千絵らしいサスペンスホラーの詰まった逸品
目次
篠原千絵の作品の魅力
篠原千絵の作品に初めて出会ったのは「闇のパープルアイ」で中学のころだった。当時回し読みで回ってきたこの作品に夢中になり、そして篠原千絵の他の作品も見たいと思ってこの「何かが闇で見ている」を読んだと思う。他にも「陵子の心霊事件簿」(この人はヒョウだの猫だのの動物の描写がうまいとつくづく思う)や、他にも数々の作品を読んだ。
篠原千絵の作品の魅力のひとつはそのシャープな線の絵だと思う。その上一コマにたくさんの絵を書き込まないので、ページの上で視線が流れるように動き、まるで映像を見ているような気分が味わえる。「ONE PEACE」などは初期の頃はともかく、ニコ・ロビンが本格的に仲間になったあたりからか、一コマに絵が書き込まれすぎてそのコマに見入ってしまうことになり、このような臨場感は味わえない(個人的には彼の絵は、マンガというより絵に近いものがある。ひとつのコマなりページなりにたくさんの絵が書き込まれているのはストーリーを味わうのには少し邪魔だけど、絵画となればそれらがそれぞれの物語を感じさせ、楽しめる)。
コマのひとつひとつがすっきりとしていて、絵の書き込みよりもストーリーのスピード感を重視しているような、そういうところが篠原千絵の絵の魅力のひとつでもある。
またここに書かれているいくつかのコマの絵やカット、登場人物たちの表情は「闇のパープル・アイ」「海の闇、月の朝」のそれを彷彿とさせる。それぞれの時代の絵で描かれた(初期と絵が違っているマンガ家は多いけれど、篠原千絵の場合はそれほど大きな違いはないと思う。強いて言えば、線が繊細になり女性が綺麗になったような印象を受ける)また違うストーリーは、あの頃の記憶とセットになったような、ストーリーとは関係のないノスタルジィまで味わうことができた。
短いながらも充実した内容のホラーとサスペンス
「何かが闇で見ている」は全部で4編の短編マンガが収められている。そしてそれら全てのストーリーは、少女マンガとは思えないリアルな恐怖とスリリングに満ちている。発行当時のファッションなど懐かしさ満載の絵柄ながら、ストーリー自体は今も昔も変わることはない。時間がたっても感じることは変わらない。ちょうど「源氏物語」での彼らの恋の悩みのように。
そして中学か、高校のときに読んだときもトイレに支障をきたすくらいの恐怖だったこの「何かが闇で見ている」の短編集は、あれから20年以上たった今でも十分に、鳥肌を立たせるものだった(さすがにトイレに支障はきたさなかったが)。
このような短い話の中でこれほどストーリーの中に恐怖とサスペンスを盛り込める才能はすごいとしか思えない。
小説なら短編とはいってもマンガほどコマ割やページに制限がないので、文字数によってはある程度の世界観を展開できる。しかしマンガだとそうはいかない。短いストーリーのマンガでコマ割に不自然なところがあるばかりでなく(コマに詰め込みすぎるのもよくある)、その作者のマンガをよく知る愛読者の知識に縋ったような偏った脈絡のないストーリーなど、多くある。篠原千絵の作品は、それなりの傾向はありながらも時に裏切り、時にほっとさせる緩急をうまく使い、きちんと読者をぞくぞくさせてくれる。
確実に小説が面白い作家を見つけることは次に何を読もうかという選択の時間を短くさせてくれるが、マンガ家もそれと同じだ。いつも面白いマンガ家は、新しい作品などが出たらすぐに手が伸びる。
この「何かが闇で見ている」も篠原千絵のそのような実力を大いに感じることのできる作品のひとつだ。
これだけでひとつの映画ができそうな「午前0時の逃亡者」
この「誰かが闇で見ている」の一番初めに収められている短編である。少々ヤンチャな高校2年生の和美が、思わぬところで猟奇殺人事件に巻き込まれる。ディスコの帰り本人でさえ覚えていなかった出来事を目撃したとして、事件の濡れ衣を着せられた青年と犯人その人と両方から目撃者として追われることになる。実際和美自身はなにも覚えていなかったけれど、同じ時間同じ場所を通り過ぎることによってフラッシュバックのようにその時の記憶がよみがえる。その様がとてもドラマティックで映像的で、きっとこの物語はそのままドラマになりうるストーリーだと思った。
またその猟奇殺人者は犠牲者の髪の毛を切って、人形を作っている。それも元は娘を不慮の事故で失った悲しさが彼の正気を奪っていたという設定も、ベタながらも、いやベタだからこそ哀しみを煽った。
恋愛を交えたハッピーエンドは安易ともいえなくはないけれど、このサスペンスの展開の力はやはり一流だと思える作品だった。
タイトルにもなっている「何かが闇で見ている」
この生徒会が治外法権になって様々な悪さをするというのは確か当時流行った設定ではなかったか。「花より団子」もそうだったし、少し趣きは違ったけれど「有閑倶楽部」もそうだった。現実離れした設定にもかかわらずどうしても読んでしまうのは、そういった願望がこちら側にあるのかもしれない(個人的には「花より団子」は恋愛風味が過剰すぎて好みではなかったが)。
この作品も生徒会がなにやら怪しげな薬を手に、シンジケートのメンバー養成所という突拍子もない設定だ。しかも邪教もミックスし、その怪しげな薬やアヘンだったというあり得なさ(しかもリーダーが17歳くらいの小娘)に、さすがに大人はのめりこめないストーリーだとは思う。しかしこれが掲載されているのは少女雑誌だし、当然少女マンガにカテゴリーされているのだから読者対象は中・高校生くらいまでか。だとしたら十分ハラハラし楽しめるものだと思う(そういう私も当時ちゃんと楽しめていたのだから)。
大人向けな「自殺室 ルームナンバー404」
いささか分かり易すぎるタイトルとは裏腹にストーリーはなかなかこなれており、それまでの作品より若干大人向けなような内容である。過去に自殺があった部屋というのは事実だけれど、主人公である衿子が真理とルームシェアして住み始めてすぐに感じた金縛りや幽霊は、皆真理と透が仕込んだ罠というのが最後のほうでわかる。短編だから展開は早いのだけど、謎がすぐわかって後が退屈になってしまうこともなく、完璧なストーリー展開だと思った。
透に出されていたお酒に金縛りを起こさせる薬が入っているのはわかったけど、真理と住んでいたときの金縛りはどうやって起こっていたのかとページを戻してみたら、ちゃんと真理は衿子にコーヒーを作って出していた。そういうところも抜け目ないところがまたいい。
ただ透を感電死させてしまうと検死のときにやっかいなことにならないかと余計な心配をしてしまったが、篠原千絵らしいラストの作品だったと思う。
読み応え満点の「ウィークエンドの紹介状」
絵柄で判断すると、恐らく「闇のパープル・アイ」の頃の作品でないかと思う。サスペンスの要素を満載にしながらも恋愛関係も充実させ、というのはなかなか難しいことだろう。篠原千絵はどうしてこのようなストーリーをたくさん生み出すことができるのだろう。このマンガの読み応えを感じるところは、女性同士の三角関係にとどまらず、そこに男性の嫉妬も織り交ぜたところだと思う。それでこのストーリーに奥行きと深みが感じられる。短いストーリーなのに2時間枠のドラマ1本くらいになるのではないかという読み応えは、この「何かが闇で見ている」の中に収められている話の中では、個人的にはこれが一番好きだ。
遠距離恋愛に突入した主人公典子の部屋が航空関係の書籍で埋め尽くされているのも、芸が細かいと感じさせるところだった。
この短編集「誰かが闇で見ている」は初めて篠原千絵を読む人にはうってつけの作品かもしれない。読んだ後は必ず他の長編を読んでみたくなるのだから。
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