ミステリ…じゃない!?反則ワザのラストが僕らを嘲笑う、小野不由美の意地悪さ - 東亰異聞の感想

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東亰異聞

4.004.00
文章力
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ストーリー
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キャラクター
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設定
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演出
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ミステリ…じゃない!?反則ワザのラストが僕らを嘲笑う、小野不由美の意地悪さ

4.04.0
文章力
4.0
ストーリー
3.0
キャラクター
4.0
設定
3.5
演出
4.0

目次

在りし日の探偵小説は陰鬱と耽美のミスリード

間違いなく思う。この作品は小野不由美先生からの挑戦状だ。

個人的な話をすれば、小野不由美の事を知ったのは「十二国記」が初めてだった。当時アニメをやっているとかで、最初はラノベ系の作家さんなのかな、という認識だったのだけど。いや実際、ゴーストハントとか初期作は特に、そちらの気が強い作家さんなのだけど。読んで度肝を抜かれた。異世界系ファンタジーなのに人間のエグみが綿密に描写されている「ほぼホラー」と言っても過言じゃないぐらいヘヴィな内容だったのだ。
小野不由美の強みはこうした、全く優しさのない、非情でソリッドなストーリー構成だ。ファンタジーをこれでもかという程、リアル側に引きずり降ろす、あるいはリアルという武器で「ファンタジーは斯くあるべき」という幻想をぶっ壊す。夢見がちな少年少女の妄想をヘッドショットで瞬殺する非情さ。それはもう、「ダークファンタジー」というより「ブラックファンタジー」とか「アンチファンタジー」と呼ぶべき作品群。これこそ小野不由美先生!と思っている読者の方も多いだろう。

それで、「東亰異聞」である。舞台が明治時代の日本。まずこれが他の小野作品と一線を画している。ファンタジックな設定とリアルな感覚を混在させるには、とっつきやすいリアルが必要だ。読んでる側からすればそれは即ち「現実世界」な訳で。「十二国記」も主人公(最初の陽子)は現代の高校生だし、「屍鬼」も土着風習は残っているものの、あくまで現代の村が舞台だ。なのに「東亰〜」は明治。舞台が初っ端から馴染みのない空間、ある種ファンタジックな世界で、それこそ乱歩や夢野久作のような仄暗い陰鬱な空気を漂わせている。登場人物にしてもそうだ。それこそ乱歩ばりの探偵小説丸出しだ。ホームズ役の新聞記者とワトソン役の香具師が猟奇殺人事件を調べるうち、美形のお坊ちゃんがいる貴族のお家騒動に巻き込まれる…。こう書くと本当にお約束すぎる。というより、ステレオタイプというのか。現代人が共感しにくい素材を揃えて、しかもそれを前面に押し出している。ファンタジー好きはこうした、現実とかけ離れた設定を好むが、小野不由美好きはそうではない!だって、ぶっ壊す武器(=リアル)が無いのだもの!非情に徹するのが疲れたんですか、小野先生?いや違う。これがミスリードを誘うトラップだ。それが挿入されるあの人形師(黒子)の場面に出ている。そう、いわゆる探偵小説には絶対にあってはならない、「怪異」こそがこの作品のキモなのだ。

引き込まれる幻想と、突っぱねる幻想

黒子と人形、これが不安定要素のように横槍を入れてくる。なんだお前らって感じだ。明らかになっていく事実が増える中で、この2キャラクタだけは、あまりにも疑問点が多いまま話が進んでいく。ほんと、なんだお前らって感じだ。しかしこれが重要で、あのラストに向かって完全な布石を打っている。おそらく読んでる方は途中から、「犯人は誰なんだろう」と考えていたに違いない。途中で消えた読売も、万造の一言で平川は犯人(=人間)だと確信して悔しがる。もはや読者は後半、平川とともに、探偵小説という幻想に引き込まれているのだ。だから「人間の犯人」を探して、推理して、求めてしまっている。解決編でもその感覚を煽るように、火炎魔人や闇御前の正体が暴かれ一旦の事件解決をみる。ここで読者を「普通に推理小説読んだ時のカタルシス」に浸らせる。で、どうするか。ここで爆弾を投下する。怪異はいるよ!という今までの全てをぶち壊しかねない事実を突きつけてこの陰鬱で耽美な乱歩的幻想を破壊し尽くして見せるのだ。そう、小野不由美先生は今までとはまるで違うアプローチ、すなわち、「幻想を現実で破壊」ではなく、「幻想で幻想を破壊」せしめたのである。

なんという加虐性。百鬼夜行を目の当たりにする登場人物と同じように、読者もあんぐりと口を開けてただただ見守るしかないのだ。正体を表した万造はそのまま、小野不由美先生だと、私は思う。後半ギリギリまで柔和な顔をして、最後の最後で全てを裏切って見せた万造。まさに(良い意味で)意地悪な小野先生そのままではないか。しかしそこに、先生の狙いも見えてくる。

うっすらと見える、小野不由美先生のもくろみ

あのラストは確かに、賛否が別れるとは思うが、上記を含めてもう一度読んでいただきたい。小野先生は初めの一文から別に推理小説を書く気はないことがわかると思う。地の底から滲み出る瘴気のような怪異の存在と、それに蓋をした気でいる人間の浅はかさ。なんとなく、テーマが見えてくるのではないだろうか。

そのテーマとは「構築された世界の破壊」

海を侵食して広がる東亰、それは人間の驕りの象徴である文化の現れで、それが最終的にまた水に浸るというのはある種の解放、すなわちカタルシスではないか。それを、探偵小説というステレオタイプが完成している古典的ストーリー展開に絡めることで(そしてそれもろとも破壊することで)作品の登場人物と同じカタルシスを読者に与えたのではないか、と思う。

そのもくろみ自体が成功したかどうかは読者によると思うが、小野先生が一貫して表現している「異分子、異端の辛さと苦悩」というテーマには合致しているし、見事に表現していると感じた。最終的なシーンが不幸ではないことも小野作品の特徴といえるだろうが、この作品のラストはまさに、新たなる出発を示唆している。

我々が凝り固めた世界からの脱却こそ、小野不由美作品が示すカタルシスではないだろうか。

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