荻原浩らしい作品のひとつ - なかよし小鳩組の感想

理解が深まる小説レビューサイト

小説レビュー数 3,368件

なかよし小鳩組

3.503.50
文章力
3.50
ストーリー
4.00
キャラクター
3.50
設定
3.50
演出
3.50
感想数
1
読んだ人
1

荻原浩らしい作品のひとつ

3.53.5
文章力
3.5
ストーリー
4.0
キャラクター
3.5
設定
3.5
演出
3.5

目次

ユニバーサル広告社シリーズ第2弾

この「なかよし小鳩組」は、前作「オロロ畑でつかまえて」で活躍したユニバーサル広告社が新たな仕事を得て活躍する話である。全く違う展開だから前作を読んでいなくとも楽しめると思う。
この「なかよし小鳩組」というタイトルからして子供の幼稚園の話とかかなと勝手に想像していたけど、実際は小鳩組は組員100人以上を抱える立派な暴力団で、そこからもらった仕事を(CIという言葉を初めて知った)奮闘しながらこなしていく様が、荻原浩らしい優しい文章で描かれている。

荻原浩の文章の魅力

彼の文章は時に温かく時にシリアスで、そのテーマも様々である。縄文時代のカップル、自身のルーツを探ろうとする若者、その他多くの短編。笑いも織り交ぜながら進む話に泣き笑いするようなラストは荻原浩ならではのものだと思う。
この「なかよし小鳩組」も、始めはこのヤクザたちの風貌や言動の荒々しさをいかにも恐ろしげに描いているのだけど、そこから本当に怖いのは鷺沢と組長(この人はちょっと微妙かもしれないが)だけで、それ以外の人物は実は不器用でちょっといい人だったりすることが分かってくる。そのあたりの読み手の心理を移り変わらせる描写はやはり見事だと思った。
また荻原浩自身広告代理店で働く経験を持つため、このユニバーサル広告社での仕事の説明のとかプレゼンの仕方とかはそこから来ていると思われる。また用語なども詳しいし現場で働く人たちならではのリアルさも感じられる。広告社という比較的自由に働けるイメージとはいえ、サラリーマンの経験があるからこそ彼の描くサラリーマンたちの情けなさや悲哀、愚痴などにリアリティを感じるのだろうと思う。
笑いあり涙あり感動ありと言うと陳腐なセリフだけど、荻原浩の小説にはそれがたくさんある。でも笑って泣けるとか、笑って感動というのは案外難しいテーマだ。あまり笑いの要素がありすぎるとそれはそれで安っぽくなってしまうし、感動の要素ばかりありすぎるとなにか押し付けられている感じがして不快に感じたりする。その上、感情としては真逆のものだ。なのにそれが両立するのは荻原浩の想像力と表現力の賜物に他ならない。

小鳩組の魅力

昔かたぎのヤクザでありながら、昨今の暴対法に対応するためか、一般的な企業に引けをとらないキレイな見た目が必要になり(若頭とかいった肩書きも一般企業の呼び名に変えられている)、CIとCMの作成をユニバーサル広告社に頼んだわけだけど、そもそもそのような横文字にほとんどの組員たちがついていっていない。一番の切れ物でブレインの役割を果たしているのであろう鷺沢のみが唯一この計画を理解しているようなものだ。この鷺沢だけど、爬虫類めいた表情をし冷酷で昔ながらのヤクザとは自分は違うといったような自負さえ感じさせる(そのキャラクターは浦沢直樹「Happy!」で出て来た鰐淵を思い出した。鷺沢のマラソンのときの情けない態度も鰐淵の最後と少しかぶる)。ただ小鳩組長は好々爺の雰囲気を出しながらも実は鬼の顔も持っているという設定だと思うのだけど、その鬼の顔の部分の描写が少し弱くて、ちょっとその怖さがそれほど実感できなかった。
とはいえ、登場当初は怖かった河田だけど、本来の人懐っこさがばれるまでにそれほど時間がかからなかったことや、桜田の意外な文化的な趣味とか、登場人物たちの魅力が余すところなく描かれている。こういうような登場人物すべていい人に感じるところは、荻原浩の小説の特徴にも思う。

ドラマ化されたことについて

この小説は2016年にドラマ化されている。杉山役の沢村一樹も少し違う(杉山自体情けないところもあるが、そういう意味の情けなさではないと思う)気がするが、河田役が杉本哲太というのがどうも納得いかない(あんな渋くないし、河田はあくまで怖いけれど島田譲二のようなコメディチックな印象だ)。また小鳩組長が伊武雅刀というのも違うと思う。見た目はいかにものヤクザでないイメージだったので、伊武雅刀だとちょっと見た目から怖すぎるのではないかと思った。
もうひとつ言えば、ユニバーサル広告社の社長である石井が小堺一機というのも、お人よしキャラとはいえ、どうも違うようにも思う。生瀬勝久とか松尾スズキとかあのあたりを起用してもいいかなと思ったキャスト陣だった。

ユニバーサル広告社の秘密

石井と杉山、村崎と猪熊の4人という小さな会社だけど、それぞれのキャラクターはとても濃い。唯一の女性として少し控えめではあった猪熊も、今回の仕事のおかげで自身もヤクザの組長のお嬢さんだったという衝撃の事実がわかる。これが分かったときはユニバーサル広告社がプレゼンで下手をうち小鳩組に追い込まれていたところだったので、とても気持ちがよかった。あの時の手のひらを返したような小鳩組の態度、ヤクザならではの丁寧言葉の謝罪、そういったことが全てがとてもうまく描写されており、まるで映画(それもアニメ)を見たように頭で映像が浮かんだ。それはとても楽しい場面だった。
だけど杉山が(というよりユニバーサル広告社が)あれほどヤクザと仕事をするのを必死で断るのも常識的にはわかるのだけど、このようにヤクザ側も好意的に書かれている小説では少し違和感があった。この流れではどちらも仲良くという感じがあったので、ある程度河田たちとも仲良くなった杉山がまだそういうことを言うのが、ちょっとショックだった。

思い切った企画に向けて

CMという域にこだわらず、マラソンのTシャツに小鳩組のCI(今思えばこのCIの決まり方は、このCMの方法が決まった時よりも“決まった感”がなかったと思う)をプリントし、テレビに5分以上映り続けることをそれに変えるというのは、とても面白い解決方法だったと思う。考えればマラソンランナーのTシャツにはあれこれ広告がプリントされていることを見れば決して新しいことではないのだけど、それがヤクザもののCI、いわば代紋のようなものなのだからある意味斬新だ。
そしてその結果、河田の舎弟(かどうかあやしかったけれど)の勝也がオリンピック強化選手になりうる逸材だったことが分かる。この伏線もかなりはやめに書かれており、その回収の仕方も気持ちいい。筋金入りのヤクザたちに小突かれていた若者である勝也が組の代紋を背負う立派な仕事をすることになったからだ。だけどどうしてその前の日に鉄砲玉のような指令を黒崎は出したのか。黒崎は若干頭の弱さを感じさせながらも、組長に対しては忠実すぎるほど忠実だったから、後先考えずそのような指令を出したのだろうか。そこは杉山と同じように憤りを感じたところだ。

荻原浩らしいハッピーエンド

勝也抜きでスタートするのかと思ったマラソンも、無事スタート地点にもぐりこんだ勝也のおかげで約束のテレビ放映5分の確約を果たす。しかし警察にも敵対する組にも追われている勝也がテレビに映ったものだから、もちろん警察にはレース中追われることになる。杉山が足がもつれた振りをして警官を巻き込んで倒れたりと、このあたりの映像も鮮やかに浮かぶ。私が心配したのは、走っている最中に敵対する組員に撃たれたりしたらどうしようということだったけど、無事警官を振り切り(勝也の足に追いつくことのできる警官はいないだろう)姿を消す。どこに行ったのかはわからないけれど、草むらに姿を消した勝也の後ろ姿は容易に想像できた。
また杉山も自身の願掛けをかけた走りでどこまで走れるのか。あのしんどさの描写はこちらも息切れがしそうなくらいだった。だけどその向こうには、ランナーズハイならず、なにかを手に入れることができる確信があった。
この物語はいかにも荻原浩らしい終わり方だ。読み終わった後になんとなく笑みが残るようなそんな感じ。そういう気分を味わいたいときにはこの本はうってつけだと思う。

あなたも感想を書いてみませんか?
レビューンは、作品についての理解を深めることをコンセプトとしたレビューサイトです。
コンテンツをもっと楽しむための考察レビューを書けるレビュアーを大歓迎しています。
会員登録して感想を書く(無料)

関連するタグ

なかよし小鳩組を読んだ人はこんな小説も読んでいます

なかよし小鳩組が好きな人におすすめの小説

ページの先頭へ