「のぼうの城」の素晴らしさ - のぼうの城の感想

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のぼうの城

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「のぼうの城」の素晴らしさ

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目次

マイナーな武将を主役に据えた大作

1590年、豊臣秀吉の関東平定の際、唯一、最後まで抵抗した城、忍城。

その城の総大将である成田長親を主役に据えた異色作。最初にこの本を手に取った時は正直なんじゃこりゃ?と思った。歴史は好きな方だと思うが、埼玉の一部分を治めていた豪族の知識は当時の自分にはなかった。しかし当時、宮下英樹先生の「センゴク」にどハマりしていた僕は大して有名でないマイナー武将が某戦国アクションゲームで絶大な人気を誇るあの石田三成をぎゃふんと言わせる。という事実があったことに衝撃を受け、その「忍城の戦い」を題材にしているこの作品が気になって仕方がなくなった。最初に上巻を購入してつまらなかったらやめよう。と思って読み始めてみたらものの数分で止まらなくなり、すぐに下巻を買いに本屋に戻ったことは記憶に新しい。

この作品を読んで印象に残った僕の中のマイナー武将リスト(足利義輝、北畠具教、高橋紹運など)に成田長親の名が加わったのは言うまでもない。

キャラクター像が魅力的

この作品の世界観に惹かれる部分。それはキャラクターの人物像が1人1人しっかり立っていて、それでいて登場人物が皆魅力的に見えるところだと思う。

戦場に出れば鬼神のような働きを見せるが長親にいつも振り回される正木丹波。

丹波を常に意識し、武においては引けを取らない柴崎和泉守。

兵法に精通し、謀略で石田軍を翻弄する酒巻靭負。

男勝りで美人なヒロイン、甲斐姫。

また、敵方として出てくる石田三成も人間味溢れる若き武将として描かれ、大谷吉継の信頼できる右腕っぷり、個人的に一番好きである外道の長束正家も素晴らしい。

しかし何よりとても面白く感じるのが武将としての能力を何一つとして持ち合わせていない主人公、長親が一番魅力的に見えてしまうところがこの作品の突筆すべき点だと思う。

僕は「信長の野望」をプレイする時、必ず地方の弱小大名でプレイするひねくれ者なのだが、こういう無能な武将という存在はいるだけでたまらなく好きになってしまう。

だが、この作品の場合、長親は農民から「のぼう様」と揶揄されているほどの無能なのにもかかわらず、皆から好かれているという圧倒的な人望を持っている。

長親の幼馴染である丹波はなぜ長親がこれほどの人望を持っているのかという疑問を作品の至る所で露わにする場面があるが、その疑問を常に抱えながら長親の表情や動き、領民や仲間と会話している長親の反応を終始観察しているこの丹波こそが長親に一番魅了されている人物だと僕は思った。

つかみどころのない人物というのは謎を持ち合わせていて気になってしまうものだが、丹波のこの疑問を読者も共有し、丹波と一緒に読者も長親を観察して物語が展開していくという、この手法が非常にうまく作られていると思った。

長親が断片的に見せる武士としての「生き様」のカッコよさ

長束正家が忍城に使者としてやってきて降伏を高圧的に迫る場面、序盤の山場の一つだが、あそこのシーンにはやられた。見事にやられた。

それまでビビりまくっていた長親がなんと降伏を拒否して長束正家に宣戦布告してしまう。

このシーンをはじめに読んだ時、僕は爆笑してしまった。なぜならこの作品で完全に無能ヘタレっぷりを披露し続けてくれていたあの長親がそれを見事に、それも唐突に裏切ってくるのだから。

気が触れたか。と丹波は読者の誰もが思っていることを口にして長親に詰め寄るが長親はあんな人間に降伏するのはいやだ。と駄々をこねる。

読者は丹波と一緒に長親は自分に正直に生きている、誇り高い人間だとここで気付く。

丹波は領民や成田家を存続させる使命感と武士として豊臣方に一泡吹かせてやりたいという武人の精神とで板挟みになっているがこれは現代の社会でもよくあることだと思う。

仕事の人間関係、上司の言うことを聞いて働かなければいけない。自分の言いたいこと、やりたいことはたくさんあるが反抗した時のことを考えると長いものに巻かれた方がいいのかな・・・。

誰でもこういう感情は持ったことがあると思うが長親にはそんなものは関係ない。自分の信念は曲げない。プライドを傷つける相手には反抗する。例え自分が何もできなくても関係ない。

物語中盤、長親は船の上で敵方である石田軍の眼前で田楽踊りを披露するが、自らを犠牲にしての策略という意味の他にもただ単に戦で疲れている全ての人々を元気づけてあげたい。という長親なりの優しさがあったように僕は思う。

敵も味方も関係ない。みんな楽しめばいいじゃないか。

困っている人がいたら助けてあげたい。

戦の最中に身を投げ打って踊りを披露する長親の生き様に僕は感動してしまい、この田楽踊りの場面で泣いてしまった。

この作品の中で一番魅力的な人物は長親であり、長親が総大将としての器量、覚悟を持った人物であると読者はこの場面で気付く。

成田長親という男が「のぼう様」と呼ばれている事実はなく、甲斐姫が長親に惚れているというのも完全な創作だが、実績が全く史料に残されていないこの武将をここまで魅力的に描くことができているこの作品はエンターテイメントとしても歴史小説としても最高傑作であるように僕は思う。

ただ一点、映画版での野村萬斎さんはあまりにもかけ離れ過ぎてると思うんだよなあ・・・。

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