遥か彼方からの月光
宇宙マンガについて
宇宙を舞台としたマンガ・アニメ・映画はとにかく多い。「宇宙戦艦ヤマト」や「銀河英雄伝説」などは、マンガに詳しくない人でも名前くらいは聞いたことがあるだろう。最近で言えば、「宇宙兄弟」や「プラネテス」も有名である。少し詳しい人であれば、星野之宣氏のマンガを推す人も多いかと思う。正に星の数ほど宇宙はマンガで描かれ、フィクションの舞台となっているわけであるが、本作、「MOONLIGHT MILE」 の最大の特徴は、宇宙開拓時代が描かれていることに尽きるだろう。【宇宙へ行けるのは優れた技術と知識のある選ばれた宇宙飛行士で無くてはならない】 という時代から、【誰もが気軽に宇宙旅行を行えるようになった】 という時代の中間を描いた作品なのだ。
本作の主人公は月行くという目標を掲げ、宇宙飛行士を目指すのだが、そのアプローチがビルディングスペシャリストになる事という少し変わった方法であった。ビルディングスペシャリストとは、つまり土建屋のことである。学者や研究者の次に宇宙に必要となる人材は、宇宙に建築物を作る事のできる技術者ということを見越して、宇宙を目指していたという設定である。この着目点は非常に珍しく、たしかに今までに無い方法であったため、おそらく多くの読者が、「この宇宙マンガはちょっと違うぞ」 と、そのリアリティに引き込まれたのではないだろうか。
人類が宇宙を目指す理由
本作は取り敢えずロマンを求めて宇宙に出る。子供の頃の夢を追いかけて、数々の難関をくぐり抜ける。という類のマンガではなく、現実問題として人類が宇宙に出なくてはならない理由から描いている。作中ではネクサス計画と銘打たれているが、これを簡単に言うと、「月に凄いエネルギーをもった燃料があるから、そのエネルギーを地球に送る」 というもの。科学的な知識がないので簡単な説明にしかならないが、ヘリウム3という地球上には殆ど存在しない核融合燃料を手にするための計画である。ヘリウム3と言うのは、原子力(核分裂)に比べて発生できるエネルギーが大きく、また放射能が少ないという特徴があるとの事。なるほど、よくわからないのだがとにかく、月には現代の地球のエネルギーを数千年分賄えるだけのエネルギーが貯蓄されているので、そいつを実用化させようという計画なのだ。(ちなみにこのヘリウム3の設定は事実)
人類は、実験・研究というステップを経て、「実用」の段階に踏み込んでおり、ここでビルディングスペシャリストという、建築系宇宙飛行士が選出されたのである。
本作にはリアリティがあり、人種差別・戦争・貧困・など、人間のありのままの姿を描いていることが、他の宇宙マンガとの大きな違いであるといえる。今(2017年現在)に本作を読んでも、各国の事情がよく描けていると感心するが、よくよく考えると、本作は西暦2000年から連載されているのである。当時の世界事情をはっきり覚えているわけではないが、現代に置き換えても、さほど違和感がない。これに関しては10年や20年で世界事情が大きく変わらなかったということではなく、作者の世界事情の流れを見る目が確かだったと理解できる。特にエネルギーを地球外から得られて困る、石油輸出国で戦争が勃発したり、今では当たり前となったが中国が宇宙開発に前向きな事情も当時はまだ無かったわけで、そう考えると作者の世界情勢の読みは確かなものであると思われる。この作者の先見の目については、本記事を書くにあたってWEB上でDVD発売時のトークショーの記事を見たのだが、そこでも触れられており、中国がヘリウム3を資源として月を目指すという新聞記事が2007年2月に掲載されていたとのこと。作者は2000年時点でこの構想を描き、マンガとして描き始めていたのだから驚きである。
なお、余談であるが、本作では日本の宇宙関連組織にISAやNASDAなど懐かしい名前が出てくる。劇中の西暦は2005年なので本当はJAXAになるのだろうが、「こればかりは仕方がないな」 ……と、宇宙好きの読者はニヤニヤしながら読んでいることと思う。(JAXAは2003年から)
男の魅せ方
本作の主人公のモデルは、登山家・冒険家の植村直己氏であると作者が語っている。読者の中にも、登山というワードと、主人公がふとした瞬間に見せる表情が、植村氏の肖像(写真)に似ているなと感じた人も多いと思う。近年のマンガにおいてかっこいい男子と言うのは、背が高く、シュッと細身でスタイルの良い美男子というのが流行っているようだが、本作の主人公はどちらかと言うとガチムチでごついイメージである。また女にだらしない一面もあり、三枚目であるのだが、やる時はやる男だし、ふとした拍子に見せる繊細な気遣いが、同性の視点から見ると格好良く、憧れるような存在に見える。では、女性から見た視点はどうかと、妻に意見を求めた所、「素敵な男性だとは思うけど、好きになったら苦労しそう」 というストレートな意見が聞けた。義理と人情とやせ我慢は、日本男児の美徳であると思うが、これは今の世にも言えることではないだろうか。そういった意味で、主人公とライバルの日米男児の比較は非常の面白く描かれているように感じるのである。
大阪のお母ちゃんと家族の話
本作を区切るとすれば、大きく二つに分けられる。一つは主人公が宇宙飛行士を目指し月に基地を建設するという、「月開拓」までの話。そしてもう一つは現在も進行している「月での生活」の話である。本作は長い話なのでもっと細かく分類することが出来るが、便宜上、これを第一章、第二章と呼ばせてもらう。先述の通り、様々なエピソードが有り、地球の外をメインとした物語ではあるのだが、今回は主人公の家族の話に注目したい。特に主人公の母が他界するエピソードは、全体を通しても好きなエピソードであり、閑話的なエピソードだと感じる人もいるだろうが、本作を第一章から第二章へとつなぐ物語であり、作者は早期に第二章の道筋を描いていたことがわかるものではないだろうかと思うのだ。
ワイルドでゴリラみたいなたくましい主人公も人の子であり、母親がおり、子供時代がある。月基地で作業をする主人公に、地球からの訃報の通信が入り、主人公は精神的に不安定な状態になるのだが、訃報とともに地球から主人公へ一本のビデオレターが送られてくる。このビデオレターは月で働くという偉業をなしている息子へと当てた、母からの応援メッセージのようなものなのだが、そこにEXPO‘70のことが語られている。
EXPO‘70(Japan World Exposition, Osaka 1970)というのは若い世代には存在すら知らない人もいるだろうが、1970年に大阪府吹田市で行なわれた、「人類の進歩と調和」 をテーマに掲げた日本万国博覧会のことである。高度経済成長をなしとげた日本人にとって、1964年の東京オリンピック以来の国際的なイベントである。日本という敗戦国が、これほどまでの規模の国際的行事を行えたことは国民にとっては誇りであり、生涯忘れられないような強いインパクトのある行事であったのだそうだ。(これは完全な蛇足になるだろうが、この記事を書く私本人も本作の主人公と同年代であり、吹田市出身なので、両親や叔父から当時の話をよく聞いていたので印象深い)
映画にもなった 「20世紀少年」 でもこの万博が描かれていたが、当時の 「未来感」 を今見ると、なんとも滑稽にも見える。このことについては母からのビデオレターでも、「実際21世紀になってもちっとも万博みたいな未来にはならんかった……夢の世界は永い事絵空事やったって言われ続けて、お母ちゃんはずーっと悲しい思いをしてきました」 と語られている。現在においても最後の月面着陸はアポロ17号となっており、1972年以来人類は月に降りていない。
その母からのビデオレターにはこのムーンライトマイルという作品の根幹とも言える思いが込められていると感じられる。
「最初は吾郎(主人公)みたいな選ばれた人間しか、月は行けんやろうけど、いずれ月の街が大きぃなったら、お母ちゃんみたいな普通のおばちゃんも月に住むようになるんやろ?そやから将来、月に住むうちらみたいな大勢のおばちゃんが、月こそ私らの愛しき我が家やと思えるような、居心地のええ街を作ってください。どんな国もどんな街も、ひとつひとつの家庭が幸せで、その家のお母ちゃんが明るくないと、人も育たんし、大きな希望も育たんと思います。百年、二百年先……もしも生まれ変わったお母ちゃんが月の街に住んでも、やっぱり今みたいな幸せな暮らしができるような……そんな街を造ってください。それがお母ちゃんからのお願いです」
これがムーンライトマイルのテーマであり、作者が目指す作品の指標ではないかと考えるものである。
今後の展開
本作を改めて振り返ると、物語は「世界」から「宇宙」へと移り、関わる組織も「組織」から「国」という単位に拡大している。しかし、第二章では月面都市という閉鎖的な舞台となり、人間関係も父親と息子、夫と妻という規模に収縮している。ここに作者の構想が見え隠れしており、一度、地に足をつけて、物語を構成し直そうとしているように感じられる。
この第二章 「月面都市編」 は、冒頭で紹介した 「宇宙開拓時代」 の話が終わったことを意味しており、ここにがっかりした読者も多いと思う。主人公が政府の犬になっていたり、妻と離別したり、主人公のライバルが傀儡として操らあれ、陰謀が渦巻いていたり……などという話しは、語弊はあるだろうが、【よくありそうなSFマンガ】 なのである。実際、この月面都市編からスタートするようなSFマンガも多い。……つまり、「開拓時代」 という今までになかった舞台が終わってしまい、【ただ近未来を舞台にしたありがちなドラマ】 に成り下がってしまったと感じた人も多いのではないだろうか?ということである。この不安を抱えたまま、本作は2012年より、作者の仕事の都合で休載状態となっており、ファンにとって見れば、なんとも不安なまま放置された気持ちなのである。本作の行き先に一抹の不安がないではないだろうが、ムーンライトマイルの根幹は、前項で紹介した母のビデオレターにあると考える。現在23巻が発行されている中で、これは第6巻のエピソードなのだ。
MOONLIGHT MILEは、遥か彼方からの月光……宇宙と家族をつなぐ光であってもらいたいと望むものである。
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