翻弄される、ちっぽけな人間たち
容赦ない時間の流れの中での人々の生死
甲斐国での武田家の興亡の裏にある、とある農民一族の数十年に渡る話。
そう言ってしまえば非常に簡単ですが、この小説はそんな言葉で済まない不気味さと、とてつもなく強固な真理を兼ね備えています。すなわち、人は生まれたら死ぬということです。
これはハードボイルドというのでしょうか、心理描写がほとんどなく、主人公というべき人物も存在せず、とある「家」を舞台にして人々があっけなくポンポン死んでいきます。
時間の経過もとても早く、あっという間に十年経ったりして、描かれる人間がまるでおもちゃのようです。一族の人々の生死は、ものすごいスピード感を持って描かれます。
まず最初の最初で驚きました。御屋形様に子供が生まれて、後産(胞衣)を埋めに行くというので孫の半蔵(すでに戦で手柄を立てている)の紹介でおじいが行くことになりますが、土を掘る際に誤って自分の足の肉を削ぎ、血を流してしまう。
半蔵が代わりに掘ってなんとか事なきを得ますが、帰宅後、おじいは御屋形様に呼び出されます。「褒美がもらえる」とルンルン気分で家を出て行くおじいでしたが、まもなく死体になって戻ってきます。
あまりにもあっけなく、ショックを受けます。主要な登場人物の一人(だと思っていた)がいきなり死んでしまうのですから。
おじいに続き、死にそうになかった半蔵もいきなり戦死してしまいます。半蔵の姉、ミツ、タケ、ヒサ、父の半平、ミツの子定平の世代に話が移り変わっていくとともに、一番主人公っぽかった半平もあっさりと死去。その間に御屋形様(武田家)にも子供が生まれたり世代が変わったり。
時代背景である、武田家の興亡という歴史の表舞台で行われている出来事は、どこかとても遠いところで行われているおとぎ話のように描かれています。農民である彼らにとって、武田氏との接点は「戦」がメイン。歴史というドラマの裏側で虫けらのように死んでいく彼らの様子は、我々に感情移入を許さない容赦なさです。
死んですぐに生まれ変わる人々
この小説の一番不気味なところは、人が死んだ日に別のところで赤ん坊が生まれるという箇所ではないでしょうか。最初は偶然だと思っていても、大抵誰かが死ぬとこっちで生まれる、というのが繰り返し起こるので、どんどん気味が悪くなります。
例えばミツの娘、キヨが死んだときは近所の家で赤ん坊が生まれます。すると半平が「あんな貧乏の家へ」と悲しみます。その半平が死ぬと、近所の馬に子馬が生まれます。馬です。人ですらなく馬です。
なんというか、人間がとてもちっぽけな存在に描かれています。神、かどうかわかりませんが、超自然的な何かの存在があって、それに操作されている、というような。
同じ作者の楢山節考でも感じたことです。主人公のおりんは世界の中に自分という人間がいて自由に生きている、というよりは、あらかじめプログラムされている生を何の疑問も不満もなく受け入れていて(生かされていて)、死をも恐れていない、全てをわかっているような達観人間として描かれています。だから生に執着せず、聖女のように死んでいく。
われわれの人生など宇宙の歴史から見たらほんの一瞬の出来事で、例外なくみな死んでいくのです。あがいたって何の意味がある、徒労なだけだと言われているような気さえします。
生きることの儚さ、輪をかけた虚しさ
ミツ、タケ、ヒサなどは、お金とか地位とかにけっこう執着した人間で、死に際もあまりいいものではありませんでした。
定平だけが「戦に行くな」という半平の遺言を守りますが、血は争えず、自分の息子たちは半蔵おじさんのように戦に出向き、次々と戦死していくことに。娘のウメまで御台様について行って戦死してしまいます。
戦なんかに関わったって何もいいことはない、むしろ戦のせいで先祖は痛い目に遭っているというのに、「先祖代々御屋形様のおかげになった」などと言っておんなじことを繰り返すのです。一言でいえば阿呆です。
定平の妻・おけいは、ただ息子や娘たちを家に戻したい、という思いだけで戦について行き、結局殺されてしまう。残ったのは定平一人のみ。
――こいつら見てみろよ、馬鹿じゃねえの、という作者の声が聞こえてくるようです。この小説の中で起こる出来事に、輝かしいものなどひとつもありません。感動だってない。農民の日常、絡んでくる戦、権力、生と死、世代交代、盛衰、あるのはそれだけです。
ああ、なんか、こんなものだよなあ、と妙に納得させられてしまいます。人間ってこんなもんだ。汚いし小さいしバカだし、虫みたいにぼかぼか死んでく、そういう生き物だよなあ、と。
こんな人生はいやだとどんなに嘆いても、生まれたからには生きてかないといけない。人生に求めすぎるな、期待するな、おまえの人生なんてたいしたことないんだぞ、と言われているようです。
鬱にはならないけど、妙に心の中がからっぽになる小説でした。
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