プロ野球選手って儲かるの?
野球マンガの印象
このマンガはプロ野球選手を主人公としたマンガである。この「野球」というジャンルのマンガは、年表に出来るほどの数が生み出されている。野球と一言に言ってもジュニア・シニア・高校野球・大学野球・社会人野球(草野球)・日本プロ野球・メジャーリーグなどたくさんの舞台がある。
日本人に人気のスポーツと言えば今やサッカーなのかもしれないが、昭和生まれの人間にとっては、「テレビで中継されるような誰もが知ってる国民的スポーツと言えば野球」で間違いない。昨今は日本人のプロ野球離れなどと言われ、その人気がJリーグなどに取って代わられそうだといっても、やはり戦後から続く野球人気は根強いものである。それ故にマンガの題材としても多く使われ、マンガが大好きという人種でなくとも、一つくらいは野球マンガを知っているものである。試しに周りの知人や家族に聞いてみると、妻からは「タッチ」、会社の上司からは「ドカベン」「巨人の星」、同僚から「あぶさん」、後輩からは「MAJOR」「ROOKIES」「ダイヤのA」などがでてきた。なるほど世代を感じる。特に「タッチ」「H2」あたりは複数回答があり、あだち充氏の力をひしひしと感じる。
しかし10人ほど聞いたが、本作「グラゼニ」が出てこなかった。マンガ・アニメに精通した友人からは「アパッチ野球軍」「逆境ナイン」「泣くようぐいす」「たのしい甲子園」等という魔球的な回答が帰ってきたが、「グラゼニ」がなかったのは残念なことである。しかしすでに2010年から7年に渡って連載されている息の長い作品であり、多くの支持者がいるのは間違いない。なぜこのマンガが愛されるのかを考えてみたい。
主人公がスター選手ではない
多くの野球マンガは、主人公やナインがそれぞれ優秀だったり、努力に努力を重ねて勝利をもぎ取っていくというスポ根物が多い。一球に魂を込めてみたり、魔球を編み出してみたり、勝った!負けた!と、感情をむき出しに全力投球するパターンだ。多少の違いはあれど、野球という競技が好きで好きでたまらない!という野球バカが主人公という展開は、未だに愛され続ける王道でろう。しかし本作の主人公はプロ8年目、年俸1800万円の中継ぎ投手という、どちらかと言うと地味なポジションである。
普段、野球を見ない人でもイチロー、松井、野茂、ダルビッシュくらいは聞いたことが有るだろう。いずれも世界(メジャー)で成功している超一流選手だ。あるいはローカルニュースなどで、地元球団の4番バッターくらいは知っているかもしれない。しかし中継ぎ投手といえば、その球団のファンで毎日TV中継をみて、少なくともニュースで結果を気にしているとか、むしろ球場に応援に行きます。というくらいのファンしか知らないのが現実である。主人公はそんなポジションなのだ。26歳で年俸1800万円というと、一般の人から見たら「それでもやっぱり野球選手は稼ぐなぁ」「野球エリートの集まりだもんなぁ!」と思ってしまうが、野球選手の働ける時間は非常に短い。30代になると身体的な衰えや怪我による解雇で野球人生はあっけなく終わることを考えると、生涯年収としては非常に厳しい数字となるのだ。本作の主人公はサラリーマンで言うところの、中堅に当たる年齢であり、エリートではない一般的な会社員というような立場だ。プロ8年目というと、野球人生のピークとも言え、今後はどんどん能力も下がっていくだろうという年齢。少年誌の主人公たちのように、これからどんどん成長していくぞ!とは言えない立ち位置なのだ。この主人公の立ち位置こそが、30代以上の年齢層に共感を呼び、主人公を応援しつつ根強く連載され続ける所以ではないだろうかと思う。
リアルなプロ野球選手の生活
本作のやはり最も大きな特徴は「一流」とはいえない大多数のプロ野球選手の生活や生き方を描いていることだろう。グラゼニ(グランドには銭が埋まっている)というのは主人公の造語である。確かに野球年鑑を見るとたくさんの野球選手がいて、みな並のサラリーマン以上に稼いでいるようにみえる。しかし、先述の通りプロの世界は厳しい。小中高と野球漬けの毎日を送り、更にその中でも環境や体格に恵まれ、甲子園に出場し、活躍をする選手というのは、それこそ一握りの選手に限られる。しかしこの一握りの選手たちを集めて、更にしのぎを削っていくのがプロ野球界なのだ。殆どの選手が小中高では「神童」のように扱われていたが、そんな連中の集まりの中では「井の中の蛙だった」と、厳しい現実を叩きつけられた選手エピソードもよく聞く話だ。
つまり、「億」を稼ぐような超一流のスター選手ばかりに目が行くが、実は殆どの野球選手が、日々のプレイ、一打席一打席に生き残りをかけた戦いを強いられている本作は語っている。少なくとも、「俺は野球さえできれば十分なんだ」というような少年マンガの主人公のような人間はいない。
本作では野球をプレイしているだけではなく、プレイ後に帰宅する姿、家で家族と話している姿、外食をしていたらファンに出会い物申される姿などが描かれている。変な表現かも知れないが、普通の野球選手の生活がリアルに描かれているこそが、本作の最大の特徴である。「金」「ゼニ」と言うとスポーツマンガにはそぐわないと言われそうな題材は、実はもっとも重要な要素で、プロである(職業である)という事に深くメスを入れている作品だといえるだろう。
言ってみればうだつの上がらない、先の見えた選手が主人公である。しかし極端に暗くなるわけでも、開き直るわけでも、秘密の特訓で眠っていた潜在能力が開花するわけでもなく、中堅プロ野球選手としてリアルに将来を心配しつつも今を頑張る!というスタンスは、中堅サラリーマンが自己を投影しやすい主人公なのかもしれない。
原作者について
本作は作画とは別に「コージィ城倉」という原作者がついている。原作者というと、元は小説というような印象があるが、この原作者自身がマンガ家である。「おれはキャプテン」(全35巻)の作者であるが、あえて厳しい言い方をすると、35巻にも及ぶ連載をこなしたのに、マンガ界の中心に煌く星とはいい難い。これはマンガ界があまりにも広大で、世の中の出版物が多すぎるせいでも有るのだが、それ故に多くの連載をこなして、他作の原作者でもあり、この世界で生き続けているマンガ家というのは、「職人」といえるような人物ではないだろうか。プロ野球界もマンガ界も活躍ができなければ終わり。という非常に厳しい世界である。そういった意味で「グラゼニ」の主人公は原作者自信を投影した姿でも有るのではないだろうか。本作者が「ONEPIECE」や「NARUTO」といったメガヒット級の作者になるとは想像し難い。だがしかし、だからこそ、職人として本作のような「青少年」には向かない「大人向け」のマンガに他作品にはない魅力を注入できているのではないかと思う。
他メディアへの展望
本作の掲載誌は「モーニング」という中高年サラリーマンに人気の雑誌で、島耕作シリーズと同じ雑誌といえばなんとなくイメージし易い雑誌であろう。しかし同誌にも「宇宙兄弟」「コウノドリ」「GIANT KILLING」などアニメ・ドラマ化した作品も数あり、もしかすると……と、他のメディア展開にも期待するのはどうだろうか。
本作は講談社漫画賞で受賞をしている。現在の販売巻数は調べてみたがどうも正確な数字はわからない。ただ、単行本が10巻を越えたあたりで、累計150万部とあるから、そこからさらに十数巻発行されていることを考えると、結構売れているマンガであると思われる。
メディア展開には、まずは売れていることはかなり重要である。この「他メディア展開」におけるマーチャンについて、昔働いていた職場で、やり手プロデューサーの教えをこうたことがあったのだが、その観点から行くと、アニメ化はすこし難しいかもしれない。現在のアニメ業界のマーチャンダイジングには合わないのだ。本作は淡々とした調子で、長く見せていくことで味が出てきて、面白さがわかる作品である。そうなると1クール(13話前後)で完結させることは、「良さがわからないうちに終わる」可能性がある。かつ、DVD・グッズ展開においても厳しい。先述の通り、本作は大人向けであり中高生が夢中になるマンガではないからだ。アニメはDVD・グッズが売れてなんぼの世界なので、サラリーマンがグラゼニのDVDを予約したり、グラゼニのアニメグッズを購入するだろうかと想像すると少々厳しいような気がする。ではドラマではどうか?野球場での撮影が多く、観客などの群衆を考えると、出来なくはないが作りにくい作品になるだろう。頑張って作ってその見返りが期待できるかというと、制作も製作も二の足を踏んでしまいそうだ。と、なると映画ではどうだろうか。日本のプロ野球はWBC効果もあって、実は海外でもそこそこの注目を浴びている。だが、映画は「賭け」とも言われている。実際興行を考えると、負けの多い賭けなのだ。日本だけの興行収入では、そこそこのヒット作とされない限りはトントンか赤字。そのトントンの作品が海外で大ブレイクする例は実はあまりなく、ここにも高いハードルがあるだろう。と、言うことから、少々厳しい意見に鳴ってしまうかもしれないが、ゼニ勘定においてシビアなプロデューサーたちは、グランドにゼニはあっても、メディア展開にゼニがあるとは思ってくれないのではないだろうかと思う。
さて、以上がグラゼニにおける考察ではあるが、本作は間違いなく面白い作品である。
今後も主人公や、主人公の回りにいる野球選手、元野球選手、野球関係者、たちの裏舞台を楽しみにしたい。
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