最高に美しく甘く、そして悲しい物語
ただ美しい、それだけでも見られるシーンたち
私はこの映画を高く評価した。しかしこの映画が見る人によって多少評価の分かれるものだということは知っている。なぜなら、しつこいほどきれいな映像や甘すぎるストーリーを苦手とする人たち、また不倫というテーマ自体に嫌悪感を抱く人などがいるからだ。ただそれはただの好き嫌いの話で、私からすればそれは最早良さであるし、つまりこの映画が良い悪いという批評については、批判的な人とこれ以上論じることは出来ないのだ。それだけに残念である。これほどまでに美しくて甘い、そして物悲しい映画を彼らに理解してもらえないことが。宮崎駿は、ストーリーよりもその一瞬一瞬を感動するシーンとして作っていくことこそ映画だといった。そういう意味ではこの作品はまさしく「映画」だ。
映画というものが映像と音楽によるものならば
原作は江國香織の小説「東京タワー」である。時に小説家は自分の作品が映像化されることに抵抗することがある。そしてその気持ちは小説のファンも同じで、その時最善の方法で表現されたはずの一冊の小説が新たな形で表現されることに納得がいかない。見えなかったからよかったもの、文章で表現されたから美しかったものが絶対的にそこにはあった。小説を読んでいた人たちはそう確信するほど原作は良作だった。しかし江國香織は原作を映画化しようという提案をされた時にこう思ったそうだ。「美しい作品ができればいい。」と。そしてそれは原作を読んた人々の願いでもあった。そしてそのタスクは完璧に達成された。
小説が文字による表現だとすれば、映画は映像と音楽による表現だ。映像の見せ方については映画が始まってすぐに、源孝志のそれだと分かる雰囲気だった。監督の前作「大停電の夜に」と同様夜の街を美しく光が彩る映像が印象的だったからだ。その前作では、建物やセットはニューヨークを思わせるような構成になっていた。今作はテーマが「東京」であることだったが、同じように都会的でファッションは洗練され、光の美しさを表現するという意味ではこの監督はまさに適任だったといえる。映画が始まって1シーン目からその特徴は全開で、青山に高級ブティックを構える詩史(黒木瞳)を説明するシーンでも、「東京のどこかにあるのは知っているが、我々の及ばない遠い世界」が再現されていた。「異世界」だが確かに「東京」。それがこの映画全体を印象付ける映像としての役割だ。
もう一つ映画を構成する上で重要な要素となるのが音楽だ。近年映画における音楽の比重は小さくなってきており、PV的に有名なアーティストの曲をタイアップで充てたり、劇中曲も特に印象的ではないことが多い。だが今作ではむしろ音楽にも特筆すべき良さがある。オーニングやテーマ曲としてこそ野良ジョーンズの「Sleepless Night」が印象的なのだが、映画全体の雰囲気の半分は溝口肇が完全に演出している。チェリストとしての彼は作曲も手掛け、シンプルだが洗練されたピアノやクラシカルな音楽を用いて上品さやもの悲しさを演出している。映像と合わせての良さももちろんだが、サウンドトラックとして聴いても完成されている。そして原作からの設定として詩史がクラシックを愛聴していることから、劇中でも実際に溝口によるラフマニノフやマーラーの音楽が流れる。小説では聴かれなかったこれらの音楽が、作品に花を添えていることは映像化されてよかったことの一つだ。
映像と音楽、その融合こそが映画だとすれば、この作品は映画としてかなり素晴らしいものだと思う。それは甘さや美しさの表現という上で特にそうである。
エンディング
原作からの変化としてエンディングが違うというところが挙げられる。映画というのは小説に比べて確固たる結末が必要とされていることが多く、約2時間という短い時間の中で起こった出来事を完結させ、見た人が充実感を感じなければならない。それは繊細なこの映画においてもやはりそうであり、結末はかなり大胆に変えられた。詩史は離婚して、透(岡田准一)とフランスで出会う。正直に言ってこのエンディングには少し戸惑った。悪く言えば安っぽくてエンターテイメント的なエンディングにされてしまい、この映画に対して批判的な意見を述べる人たちを助長することになった。確かに原作のエンディングではそれまでの流れからこれといった大きな変化も起きず、どこか生々しさを残して終わっていく。それは映画には相応しくないかもしれない。原作と違う事がどうこうという不毛なことを言うつもりはないが、この結末は映画のストーリーとしてもそれほどいいものだったとは言えないと思う。それがこの映画の唯一の欠点だ。
映画と音楽が良かっただけにストーリーに難が残った感はあるが、それも原作の生々しさよりも作品の美しさを取った結果だ。それによりこの作品が美しくて甘くて悲しいという点は潔癖に保たれた。最後まで美しくあったこの作品は、それだけで見る価値があると思う。
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