若い主人と執事の成長物語 - うちの執事が言うことにはの感想

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うちの執事が言うことには

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若い主人と執事の成長物語

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目次

パッと目に飛び込む題名

最近、面白い小説がないと思っていた。世間で人気の作品でも、あらすじを読んで、あるいは開いてみて魅力を感じない場合、その本とはそこでおさらばする。人気だからと思いきって購入してみたものの、すぐに飽きて古本屋行き…という事もあった。

しかしそれでも、本は読みたくなる。だから、どこかに面白い本はないかと、ある電子書籍店でフェアをのぞいてみて、出会ったのがこの作品だ。

まず、題に心惹かれた。一体、執事はどんな人柄で、どんな事を言うのか。たったの一文で、興味が湧いた。

セールで安かった為、迷わず1巻を購入した後は、あっという間に最新刊まで読んでしまった程、久々にはまった。こんなにはまったのは、学生時代以来かもしれない。

作品の内容と題名がしっくりこない場合もたまにあるが、この作品は違った。本当にピッタリだ。若い主人と執事の、まだお互いにギクシャクしたところが、この題には表れていると思う。『言うことには』と、どこか曖昧にと言うのか、ハッキリと断言していないところに、二人の関係を表したのかもしれない。

二人の主人公の成長物語

この作品には二人の主人公が存在する。

18歳で突然、古くからの名家・烏丸家の家督を継ぐことになった烏丸花穎と、22歳の執事・衣更月蒼馬だ。

二人が衝突しながらも成長していくという話で、そこだけ見れば非常にシンプルだが、二人の感情がそれぞれ濃厚に描かれており、ページ数としては決して多くないながらも、十分な読み応えが感じられる。(実際、私は紙書籍版を購入するまで、200ページ程度の薄い本だとは気がつかなかった。)

読者が親心のような気持ちで見守る作品

1巻の出だしで、花穎は誰もいない部屋で一人『僕が主人だ!』と宣言する。最初に読んだ時、少し「あれっ」と思った。想像していたよりも、固い印象を受けたからだ。『僕に勤まるのだろうか…』だったら、きっと想像通りだっただろう。自分が当主になった事を誇示したがる偏屈者なのだろうか、とも思った。しかし読み進めていけば、自分自身を奮い立たせる言葉だった事が分かった。

花穎は、1巻ではとても固い。彼がほっと一息をつくのは、先代の執事・鳳と会話する時くらいだ。父親である真一郎の事は、変わった人でよく分からないという印象を抱いているようだし、花穎はイギリスの学校に通っていた為、長く離れていたからという事もあるだろう。母親が亡き後、彼女の代わりとなっていた鳳と接する時とは、違っていて当然かもしれない。何より花穎は、新当主として、先代当主である父の事を意識しているようにも見える。

衣更月と接する時は、固さに輪がかかっている。そもそも、出会いが最悪だった。衣更月が烏丸家で働き始めたのは花穎がイギリスに行ってしまった後で、面識すらなかった。おまけに、花穎は執事が鳳であると信じて疑っておらず、真夜中に帰宅し明けた朝、ドキドキしながら執事を呼べば、やって来たのは知らない人物だったのだから、それは驚きもするだろう。が、もう何年も屋敷で働いているのに、新当主からかけられた第一声が『お前誰だ』なのだから、衣更月も気の毒だ。この先やっていけるのか、不安を覚えるのも無理はないだろう。

そんな二人は、早々に衝突する。衣更月は花穎よりも少し年上だが、すごく大人という訳でもない。まだ22歳だ。怒りがこみ上げると抑える事ができないのは、彼が情熱的だからというだけではなく、若さのせいでもあるだろう。が、この衝突なくして、花穎と信頼関係を築いていく事は不可能だったはずだ。花穎から見る衣更月は、滅多に表情を崩さず黙々と仕事をこなす、とてもクールな人間に写っているからだ。真一郎や鳳から見れば、「あの子がよくここまで育った」という感想を抱くのだろうが、花穎がそれを知るはずもない。大人の二人は、花穎たち二人の関係について、必要以上に触れる事がない。助けるのは本当に必要な時だけだ。厳しいようにも思えるが、それだけ、愛情と信用があるからなのだろう。可愛いからこそ成長してほしいし、信頼しているからこそ、見守っていける。そもそも、信頼できない人間に大事な跡継ぎを任せるはずがない。

面白いのは、花穎と衣更月が、いつもお互いをとても意識している事だ。

衣更月は、たまに怒りが振り切れ、いわゆる『キレる』事がある。衣更月にとって鳳は憧れの存在で、偉大な大先輩だ。花穎が彼の名ばかりを口にした時、衣更月は『鳳さんがいなくて残念なのは俺の方だ』といった事を口にしながらも、心の奥には鳳に対する嫉妬が窺える。そしてこの時点では、本人がその事に気づいていない。鳳への気持ちが大きすぎる故かもしれないが、彼の不器用さがここに表れていた。花穎に対して、自分が執事だという事を認めて欲しいという気持ちも。

花穎は花穎で、立派な当主になりたいと願い日々努力しているが、鳳の為にと考える時よりも、『衣更月に認めて貰えるような』と考える場面の方が遥かに多い。衣更月は花穎にとって手厳しい存在であるが(当主が執事の顔色を窺ってはいけないと自分に言い聞かせつつも窺ってしまうし、衣更月もそれを承知していて、無言の威圧を当主に放つ事も少なくない)しかし巻を進めるごとに言葉を交わさずとも意思の疎通がなされていくようになる様に、読者はまるっきり親心のような微笑ましさを覚える。

お互いになかなか素直になれないところもあるが、しかし花穎は主人として執事の衣更月に対し、衣更月は執事として、また少し年上の立場として、花穎に対し歩み寄る努力をしているのが分かる。最初は二人の間に緊張感だけしか感じられなかったが、ほっこりとする場面も増えてきたのは、読者としてとても嬉しい。「衣更月は相変わらずだなぁ」と思えるところもあるが、しかし段々と彼が怒るのは花穎が危険な目に遭った時が多いという事が分かってくると、執事としてだけではなく、一人の人としても、花穎を大切に想っている事が分かる。出だしで大ゲンカをしていたからこそ、読者は一層それをしみじみと感じるのかもしれない。

キーパーソン「赤目刻弥」

この作品には、複数のキーパーソンが存在する。

真一郎もその一人だ。出だしでは、なぜ先代が健在にも関わらず、成人もしていない花穎が家督を継ぐ事になったのか読者にも明かされていなかった為、彼が何を考えているのかという事は、とても重要なポイントだった。が、9巻までの間にそれらは明かされた。この作品での彼の役割も一段落ついた、とも受け取れる。

花穎・衣更月が共に尊敬し、必要な時に必要な事をアドバイスする鳳もキーパーソンの一人と言えるだろう。彼は今後も、真一郎と共に花穎たちを見守っていくはずだ。

そして一番のキーパーソンは、やはり赤目刻弥だろう。

幼い頃のいざこざが原因で、彼は花穎に対し複雑な感情を抱いている。彼が2巻で花穎の事を『潰す』と言った時には、ゾクリとしたものを覚えた。ただ『潰す』と言ったからではない。彼は出会った時から(正確には再会した時から)花穎を罠にはめようとしていたのだから、少なからず良くない感情を抱いている事は窺い知れたからだ。が、普段の軽い言動がそれを忘れさせるし、何より赤目自身気づいているように、彼は花穎に対して親しみも覚えている。自分以外の人間が、花穎に対し好意以外の感情を持って近づく事に対して警戒心を抱き、衣更月に忠告さえしている。「俺が潰すまでは無事でいて貰おう」という感情の表れなのかもしれないが、その複雑さに、危険なものも覚えるのだ。

赤目は馬鹿ではない。まだ大学生であるにも関わらず、「アントルメ・アカメ」を立ち上げ世界に展開させ、家の人間から危険視される程の有能ぶりで、頭の回転も速い。が、そういった頭の部分とは別に、人間としても、決して馬鹿ではない。過去のいざこざの原因についても、花穎が悪かった訳ではないと分かっているから、単にそのせいで恨んでいる訳でもない。彼が受けた仕打ちを考えれば、花穎を逆恨みしてもおかしくない状況であるにも関わらず、だ。が、ただの逆恨みが行動の元凶でない分、性質が悪いとも言えるかもしれない。

花穎に企みが露見した時には、お互いに感情をぶつけ、一応わだかまりは解消した。花穎も赤目もそこは大人で、お互いに何もなかったように接している。特に花穎は、赤目を友人だと思っているし、衣更月に対しては隠したがる実は抜けた部分も、赤目に対しては大いに披露してしまっている。すでに弱い部分も見られてしまった相手だからか、大学の友人といる時よりも、はるかに自然体で赤目に接しているし、二人が一緒に楽しく笑うシーンではホッとする。花穎にとっての赤目は、色々な事を教えてくれる先生でもあるからだ。

赤目の方も、花穎と過ごすのは退屈しないし楽しいようだが、しかしやはり花穎に対してただの友人とは思えないところもある。人の心は複雑だから、無理もない。大学で花穎に友人ができたと知って、赤目が覚えたのはかわいい嫉妬ではなかった…と9巻にあったが、それが一体どんな感情なのか、非常に気になるところだ。赤目が花穎を気に入っているのは間違いないので、新しくできた友人に対し嫉妬を覚えるのは理解できるが、かわいいで済まないとなると、もっと激しい感情という事だろうか。

彼がこの先どちらに進んでいくのかは分からないが、良い関係が続いていってほしい。この作品にスパイスを与える存在とは言え、後味が悪くはなってほしくないし、赤目にも幸せになってほしいと思う。花穎の素直さや優しさに触れ、赤目の心もいやされていってくれる事を願う。

ヒロイン不在のまま進むのか?

この作品には、ヒロインがいない。

女性の登場人物はいる。が、いずれも花穎の友人どまりで、ヒロインらしいヒロインはいない。

花穎と衣更月が主人公とは言え、花穎に対し恋心を抱く女性が出て来てもよさそうなものだ。物足りない訳ではないが、いずれそういう人物が出てくるのか、また出てくるとしたらいつなのか、そこも楽しみの一つである。

ぶつかり合える主従関係だからこそ面白い

花穎と衣更月がさらに絆を深めてほしいと書いたが、この作品の面白さは、執事が主人に対し怒りをぶつける事ができる部分にもあると思う。衣更月がただの大人しい執事になったら、鳳のようになってしまったら、きっとすっかり面白くなくなってしまうだろう。真一郎が言っているように『鳳は二人いらない』し、お互いにぶつかり合える事も絆の表れと言えるだろう。そこは今後も変わらずにいってほしい部分だし、むしろ、花穎を想うが故に衣更月が怒りを表す事は増えてもおかしくないくらいだと思う。最初は誰が主人でも関係ないと思っていた衣更月が、ハッキリと花穎を主人と認めたのだから。

あまり頻繁に怒るのもどうかと思うが、たまに衣更月が怒るシーンも見たい…と思ってしまうのだ。

シリーズは一段落ついて新章に入ったが、早く続きを読みたいと思う作品である。

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