不朽の名作と呼ぶべき作品
医者だからこそかけるリアルな描写
このマンガを初めて読んだのは小学校3年か4年かその辺りの頃だった。従兄弟の部屋のマンガ棚で見つけたこれをなんの気なしに読んだのだけど、数々の奇病やリアルな手術の描写に若干トラウマ気味になった(その頃読んで怖かったのは体から葉っぱが生えてくるのとか、蛇のウロコのようなものに覆われる皮膚病とかで今でもそれをよく覚えている)。それから大人になった頃そのトラウマだった描写を思い出すと同時に、なにか知的好奇心をくすぐられるようなものも確かにあったことも思い出した。そしてまた集めだして読むことになった。初めて読んでから買い揃えるまでは25年以上は優にたっていたけど、古臭さもなく(もともとが私が生まれた頃発売されたものだから当たり前かもしれないが)動物や子供のポップな絵柄には逆に新鮮さを覚えたくらいだった。
孤高の無免許医
間黒男という名前を持つ天才的な腕をもちながらも無免許で、どんな困難な手術もほぼ成功させるけどとんでもない額の報酬を求めるという設定はあまりに有名だと思う。しかし彼はほとんどの報酬を自然を守るため無人島を購入したり、救えなかった患者にまるごと渡したりと実際にはあまりお金に執着がないようにも思える。そんな彼がなぜそのような大金を求めるのかということは、恐らく患者に必死になって治ってもらいたい、その家族にも必死に治ってほしいと思ってもらいたいと願っているからなのだろう。ストーリーの中で一度、最新防犯設備の整った建物のロックを誤って押したものがいて、そのまま5、6人が閉じ込められたことがあった。閉じ込められ水が欲しい助けてくれたらいくらでも出すというお金持ちの人は、結局ブラックジャックに助けられても苦笑いのようなものを浮かべもみ消そうとした。病気にもそういうところがあるのだろう。病気にかかってしんどいときは色々悩んだりつらい思いをするのに、治った途端忘れてしまうのは誰にでもよくある話だ。数々の病気に真剣に向き合い命を慈しもうとする彼にとってそれは憎憎しいことなのかもしれない。
医者とは、と悩む彼の心の奥深いところではぶっきらぼうではあるけど誰よりも愛情深いものが煌いているのが見える。彼自身大事故から生還した経験をもち、それゆえ人の痛みには人一倍敏感だと思う。そのセンシティブな部分をできるだけ隠そうとしても、ところどころ垣間見えてしまうのがもしかしたら彼の弱さかもしれない。
孤独で誰も寄せ付けないと振舞う彼は、なぜかよく女性にもてる。治療に行った先々で様々なロマンスをしかけられてもあまり動じない(内心はどうあれ)。だからクイーンを名乗る女性外科医に手紙を渡そうとしたところはかなり意外だった。読者の勝手な願望だけども、彼にはピノコ以外誰も相手をして欲しくないと思ったりもする。
ピノコの存在
「ブラック・ジャック」を読むのにピノコの存在を無視することはできない。畸形嚢腫として双子の姉の体内に18年間収まっており、嚢腫の中に人間のパーツ全て一そろいが揃っていたためブラックジャックによって組み立てられた。この双子の姉から嚢腫を切り離すときにテレパシーのようなもので手術を邪魔しようとしたけど、このときの声はあのピノコのたどたどしいしゃべり方ではなかった。よく考えたら当たり前なのかもしれないけど(本来姉と一緒に育った18才の女性なのだから)、これによってストーリーの辻褄がしっかりとの合ってちょっと気持ちがいい。でもこの時使ったテレパシーのようなものはこの時だけしか見られない。嚢腫のときだけの能力だったのかもしれない。
様々な部品を足されながらもほぼ自前のパーツでピノコとして蘇った彼女は、いつも愛らしい。たどたどしいしゃべり方や手塚治虫の絵柄特有の下のほうが太い足や、ブラックジャックの「奥たん」と振舞う様はきっと彼を癒しているだろう。それでも登場当初はちょっと怖さがあった。いくら姉の体内から世界を感じていたとは言え、実際に目にするのは初めてなわけでそれゆえ料理も掃除もめちゃくちゃだった(「食べないとのろ切っちまうよ」は怖かった)。それでもブラックジャックのもとで見て感じて学んで、人間らしくなっていくところは実際のストーリーと関係がなくとも「こんなことできるようになったんだ」と思う楽しみがあった。
実際18年間生きてきて(嚢腫としてだけども)頭の中はしっかり18才なのに体は3歳くらいでしか生きられないというのはかなりのジレンマがあると思う。ブラックジャックのことが好きという一心で最期の願いで大人の女性の体にしてというところは泣けた。結局は双子の姉の血が輸血できて治ったのだけど、治って嬉しいはずなのに大人の女性にしてもらい損ねて泣いているところは、やはり子供なのかもしれないけど、ピノコの熱烈な願望だったことには間違いない。その手術の最中に見た夢ではちゃんと大人の女性になっているのだけど「愛ちてゆ」とたどたどしい言葉遣いになっているところは少し切なかった。
数々の奇病の描写
「ブラック・ジャック」には前述したようにたくさんの奇病が描かれている。それのどこまでがフィクションでどこまでがノンフィクションなのかはあまり医学に知識がないのでわからないが、もしかしたらそういうのもあるのかもというくらいのリアリティがこのマンガにはある。寄生虫の話や皮膚が前述した皮膚が蛇のウロコ状になるのは実際にあったと思うけれど、子供の心臓の手術のために母親とおんぶした形でくっつけて血液を回すというのがありそれはどうかと思ったのだけど、読んでいくとできるのかもなあと思わせてしまうリアリティがあった。マンガならではのリアリティかもしれないが、物語に没頭するには十分なものだと思う。
あと時々出てくる入れ替えもの。寿司屋の腕とトラック運転手の腕。脳を入れ替えるのもあったと思う。あれは実際可能なのか、もしこれから医師を生業にする人と出会うことがあったら一度聞いてみたい。
キリコとの対立
安楽死専門の医師で、作中でよくブラックジャックと衝突する。キリコの言い分もとてもよく分かるし、もし自分ならそういう選択ができるということがかなり心の余裕を生むと思う。だけども全てが全てキリコが正しいというわけでもなく、もうちょっと粘るなり頑張るなりといった姿勢はもう少し見たいところでもある。キリコの父親をキリコが安楽死させてしまったのはかなり後味の悪い話だ。しかしあの時の父親の苦しみ様はひどく、肉親であれば早く楽にしてやりたいと思うあまり判断が早すぎたのかもしれない。
キリコほど印象的ではないが、同じようにブラックジャックの外科手術を非難するのに鍼師の琵琶丸がいた。メスで切らなくとも鍼で全て治してしまうというのが若干現実味に欠き、面白いキャラクターだったのだけどもキリコほどの重さはなかった。
手塚治虫の作品の魅力
彼の作品で好きなのは断トツでこの「ブラックジャック」なのだが、「ブッダ」も好きだ。仏教に対する知識は全てあの本から手に入れた(シッダルダが苦行に倒れているときに乳粥をもってきてくれたのがスジャータで、それがコーヒーフレッシュのスジャータなんだというトリビアとか)。難しい仏教用語などはあまり使わずに噛み砕いてマンガになっているので、読みやすいだけでなく知的好奇心も満足させてくれる。「ブラックジャック」にもそれが通じる。難しい医学用語などはあまり使わずに、医学の厳しさや人の命の重さや苦しみ、患者だけでなく医師の苦しみ、そういうストーリーについつい引き込まれてしまう。そして彼のポップな絵が、医療ドラマという重くなりがちなテーマを少し緩めてくれる役割も果たしている。
彼が亡くなった今でも、ブラックジャックやピノコは確実に生き続けている。そういう作品を作り出した彼は本当にマンガの神様だったのかもしれない。
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