ただタイトルに惹かれて
シリーズものとは知らずに
「狐火の家」というなんとも想像が広がるタイトルとその表紙のデザインに心惹かれて読んでみたのだけど、短編集だったことにまずがっかりし(重く暗いテーマの長編かと勝手に思い込んでいたから)、そして前回読んだ「鍵のかかった部屋」とシリーズだということに心底がっかりしてしまった。というのも、その「鍵のかかった部屋」はチープで安易な展開の推理ものでもう一つ気に入っておらず、そのシリーズなら似たようなものだろうと思ったから。実際青砥や榎本といった登場人物は共通しており(そもそも“防犯探偵・榎本シリーズ”だった)、推理もので事件も密室で起こるということも一緒だった。のだが、ストーリーの内容は断然こちらの方が上のように思う。前回読んだ「鍵のかかった部屋」はなにかこう都合のいい展開(“胸騒ぎ”だとか“直感”だとかが多すぎた)だった上に、密室の謎を解くことに重きを置きすぎ犯人はかなり早めに分かっているという推理物としては致命的な作品だったのだが、今回の話はすべて犯人はもちろん密室の謎さえも作りこまれていて、別物のように楽しめることが出来た。シリーズものとしての順番は、未読である「硝子のハンマー」今回の「狐火の家」で最後がこの前読んだ「鍵のかかった部屋」となる。なのでもしかしたら読むべき順番としたら正解だったのかもしれない。まずいものを先に食べておいたという意味で。
シリーズもののメリットとデメリット
シリーズものとなれば当然登場人物は共通しており、特別な紹介や説明などせずともそれを読み続けている読者なら多くを知っている、というのを前提にできるというのはシリーズもののメリットであると思う。またそれは私のようにシリーズと知らずに途中から読むと、まるっきり登場人物の絵が頭に描けずよくわからないというデメリットにもなる。だから途中から読んで面白いシリーズものというのはなかなかないと思うのだけど(全部読んでいたら分かるであろう、時々差し挟まれる過去の出来事なんかがどうしても気になったり)、それが今回楽しめたということはシリーズに共通する登場人物でなく、事件の当事者それぞれに魅力があったからに他ならない。前回読んだ「鍵のかかった部屋」はもう一つだったのは私がシリーズを全部読んでいなかったからかと思いもしたけど(劇団「土性骨」のあたりは特に)、そういう風に感じさせるのもデメリットのひとつだろう。
主要登場人物の個性のブレ
もともとこのシリーズ共通の登場人物である青砥という女弁護士自体が全く好きではない。美人でしかも天然で…というかわいらしい設定であるにもかかわらず、まるっきり彼女の絵が頭に浮かんでこない。それは前回読んだ時も同じだった。同じシリーズを読んで彼女の情報が増えたにもかかわらず、いまだにぼんやりしている。そもそも弁護士という職業を選ぶ女性が、「8桁を越す年収がある相手との合コン」をそれほどに楽しみにするだろうか。また自分のことを「美貌の弁護士」だのと頭の中で浮かべるところも、そういうことを天然と呼ばれる性格の人はしないのではないかとか、どうしても個性にブレがあって一本柱が立っていない気がする。だからなかなか彼女のことは想像がしにくい。推理を外しまくるところや、とんでもない推理をするところは相変わらずかと思いきや、今回は当ててきたし。登場人物の個性とそれに紐づく行動はそれほどブレることはないと思うし、あまり揺らがれるとイメージがしにくい。やはり、シリーズものでここまで息の長い登場人物ならもう少し魅力的な人物であってほしいと思う。
それに比べてシリーズのタイトルにもなっている榎本は、そのとぼけ具合や飄々と謎を解いていくところなどがいつも同じで、想像しやすい。防犯のプロといいながらも本職バリバリの泥棒なのかどうかは今のところまだわからないけど、イメージとしては限りなくクロのような。そういうところもあやしさがあってよい。
「狐火の家」の登場人物の個性
この本には4つの短編が収録されていて、その全てが密室で行われた殺人事件の話である。タイトルにもなっている「狐火の家」では娘を殺された父親が犯す非情ともいえる殺人が、後半目の離せないテンポでどんどんと展開されていく。その脇でその女弁護士がうろたえたりしているけどそんな描写がどうでもいいくらい、その事件の当事者たちが力強く話に引き込まれる。
「黒い牙」は蜘蛛の細かい描写が立て続けにあり、それほど蜘蛛に詳しくなくとも容易に想像できる。(この作者は「雀蜂」でもそうだったけど、昆虫の描写がうまい。)蜘蛛はだいたいグロテスクな生き物として描写されるけど今回の話はそれがなく、ラストでは毒々しい蜘蛛のはずが少し切なく、かわいそうに…とさえ思わせる。ところで青砥の設定で蜘蛛嫌いというのは設定としては唯一といっていいくらいブレていないけど、でもそれ必要か?とさえ思わせる。もしかしたまだ読んでいない「硝子のハンマー」にその理由があるのかもしれないけど。
「盤端の迷宮」はまさに大どんでん返しだった。将棋を知らないので深いところがわからなかったのは残念に思うところ。この話は前半いい人にしか見えなかった被害者が、後半からどんどん悪者になっていくところの表現が秀逸だった。
「犬のみぞ知る」は、前読んだ「鍵のかかった部屋」でもでていた劇団「土性骨」の役者たちがでている。前のと同じように(シリーズの順番としては逆だが)、よくわからない人物が多く登場しすぎる上文章もわかりにくく、まるっきり頭の中に入っていかなかった。これはもう好みの問題なのかと思わざるを得ない。
全体的にストーリー展開のテンポがよく物語に入り込めた(最後の「犬のみぞ知る」は省く)。貴志祐介特有の句点の多さもテンポが多い物語ならあまり気にならなかったし。
知らずとは言え、シリーズものの2作目3作目を読んだので、次は1作目の「硝子のハンマー」を読もう。
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