愛すべき悪ガキの青春物語
作者の実体験を元にした物語
この物語はタイトルにもある通り、大阪府岸和田市が舞台となっている。 岸和田市出身の有名人といえば、元プロ野球選手の清原和博がいる。 自分が岸和田を知ったきっかけは、テレビで見た「岸和田だんじり祭り」がそうである。 岸和田だんじり祭りといえば毎年9月に行われ、テレビなどでもよく取り上げられているので目にした人は多いと思う。
岸和田自体かなり治安が悪いらしく、気性が荒いのが特徴らしい、作中でもそのように書かれている。 1996年には、井筒和幸監督、ナインティナイン(岡村隆史、矢部浩之)主演で映画化されている。 物語は1970年代(昭和45年頃)ヤンキーという言葉もまだなかった時代、主人公リイチことチュンバと、その仲間のケンカに明け暮れる日常を中学、高校時代を軸に書かれているのだが、彼らのケンカの描写が本当に信じられないくらいエグいのだ、鉄板をカバンに仕込んで、それで相手の頭を容赦無く叩くとか、チュンバたちが体をフェンスに縛り付けられて、50人の相手から思いっきり石を投げつけられるとか、想像すらしたくない。 それでもチュンバはめげない、怪我が治ればまた仕返しするといった具合に、まさに、やられたらやり返す、これの繰り返しなのである。 自分が同級生であったなら、絶対に関わり合いになりたくない種類の人間である。 しかし、チュンバとその仲間のことを嫌いにはなれない、いや、むしろ好感を持ってしまう。 乱暴でどうしようもない彼らだが、親や学校、または世間の目を気にせず、のびのびと生きている彼らに共感を感じずにはいられない。 チュンバを始め、キャラクターの描写が面白いことも、好感度アップに繋がっているのは間違いない。 「地の文」も「セリフ」も、とにかく面白いのである。何度吹き出しそうになったことか、通勤電車の車内で読む場合には注意が必要なくらいだ。 そのためか、殺伐とした雰囲気などは微塵も感じられない。 早く先が読みたくて、ページをめくる手が止まらなくなってしまう。
(蛙の子は蛙とはこのことなり)
どうしようもない悪ガキのチュンバではあるが、当然のごとく生まれた時からそうであったわけではない。 育った環境が大きく作用しているのだ。 父親、母親、祖父、そしてチュンバの四人家族なのだが、この父親がどうしようもない。 父親は作中「ライオンのオスは仕事なんかするかい」と言って働かずに毎日ブラブラして、酒ばかり飲んでいるのである。 ケンカに負けることを極度に嫌い、ケンカだけは強く、その名は町内に鳴り響くほどである。 母親にしても、そんな父親と結婚しているのだから、肝の座りかかたは半端ない。 そんな両親に育てられたら、どんな子でもチュンバのようになるのは仕方がないと、変に納得してしまう。 もっともその両親にしても、愛嬌たっぷりで憎めいないから、余計に困ってしまう。
最強の男、カオルちゃん
物語の中に「カオルちゃん」なる、なんとも可愛らしい名前のキャラクターが出てくるのだが、実はこの男とんでもないのである。 ヤクザだろうが警察官であろうが、気に入らなければ全員病院送りにするほどに、徹底的に叩きのめしてしまう、だからカオルちゃんが歩けばヤクザも道を譲る始末である。 チュンバの父親でさえも「あいつが90歳くらいになるまで待てや」と言って、カオルちゃんとケンカすることを避けているほどだ。 念のため言っておくが、この物語は作者の実体験をもとにしているため、どうやらこのカオルちゃんは実在する人物らしいのだ。 間違っても会いたくない人物である。山で熊に出くわすのとどっちがマシか……この作品を読めばこの究極な選択も納得してもらえると思う。
懲りない悪ガキ
物語の後半、高校を中退したチュンバは、相棒の小鉄と同じレストランに就職することになる。 のちに数え切れないほどの職を転々としたチュンバにとって、最も長続きした職場になるのだが、この職場でそれまで遊び半分であった、酒とギャンブルが一気に本気モードに移行してしまうことになる。 朝から晩まで、クタクタになるまで働くチュンバだが、元々が悪ガキである、部屋で大人しく寝るなんてことはできないのである。 幸い? にもケンカの相手は、放っておいても向こうから勝手にやってきてしまうのだ。 仕事にギャンブル、酒、ケンカ、本当に懲りない悪ガキである。 そんなチュンバも18歳になり、この時期、仲間たちともバラバラになり、嫌でも少年から大人への階段を登らねばならない岐路に立っていた。 母親もついに父親に見切りをつけて、別居生活を始めてしまう。 帰る家すらなく、しかもチュンバと小鉄は、今度問題を起こしたら、即鑑別所送りというところまで追い込まれてしまっていた。 そんなとき、小鉄と遊びに行ったゲームセンターで、またしてもケンカをしてしまうチュンバと小鉄、しかし相手の数が多く逆に袋叩きに合ってしまう。 ボロボロになった二人、ここでのやりとりが、秀逸だった。 チュンバは鼻を折られ、小鉄は頭から血を流している。 「小鉄いけるか?」 「こんなもん、へでもないわい」 「おい、いつ行く」と小鉄が聞くと、 「今すぐや」とチュンバが答える。 二人は相手がたむろしている喫茶店に向かう。 喫茶店の中に相手がいることを確認した二人は、バラバラになった仲間のことや、互いの家庭のことを話し出すが、まるでそれら全てを自ら断ち切るように、立ち上げるとチュンバは一言「いこか」と声をかけて、二人は喫茶店に入って行く。 物語はここで終わっている。 鑑別所送りになることを覚悟の上で、借りを返しに行く、ある意味自暴自棄とも取れる行動ではあるが、そうではない、彼らの中にあるのは、「ケンカは勝つまで、決して引き下がってはけない、勝つまでやる」ただそれだけのことなのだ。 自分を含めて一体どれだけの人が、自らを犠牲にしてまで自分の信念を貫けるのだろう、後先考えない彼らの行動は決して褒められないが、何故か、とても羨ましく感じてしまう自分がいる。
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