単なる不良モノではない、青春群像小説にして「怪獣モノ」のエッセンスをも含む、渾然一体とした魅力を秘めた一作 - 岸和田少年愚連隊の感想

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岸和田少年愚連隊

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単なる不良モノではない、青春群像小説にして「怪獣モノ」のエッセンスをも含む、渾然一体とした魅力を秘めた一作

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文章力
3.5
ストーリー
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キャラクター
5.0
設定
4.0
演出
5.0

目次

喧嘩小説である以上に本物感溢れる青春小説

中場 利一氏の筆による本作は今なおたびたびメディアで言及されるロングセラーとしての地位を確立しているように思えます。映画版に出演したナィンティナインの二人が一線で活躍を続けていたりという部分はあるにせよ。常に誰かが書いてきた「不良物語」という一ジャンルの中でも、ここまで「息が長い」作品は珍しく、世代を超えてファンが多い作品だとも言えます。

では何故、息が長いかという点ですが、シリーズを一通り読破した身としましては「本物感」がその理由の一つに挙げられるのではと思います。実話ベースの「チュンバ」やその仲間たちのいささか血なまぐさい青春群像劇なのですからリアル感があるのは自明ですが、不良一代記的な自伝作品は他にもたくさんあり、ただリアルなだけでは特筆すべき個性、とは言いにくい部分があります。

しかし本作、というより「岸和田少年愚連隊」シリーズ全般に関して言えば、喧嘩や彼女ができたような「武勇伝」以外の部分にも非常に大きな比重をかけているところが挙げられます。

泥棒に失敗たり、仕事もやるが賭博もやるヤンチャな飲食店で働き出した時の、コンパニオン相手にえげつなくエロ下品な「ゴルフ」や「プロレス」をする社員旅行など、殴ったり蹴ったりだけではなく、トホホな感じのするエピソードにも実に多くの分量が割かれています。

これは完全なフィクションでもドキュメンタリーでも、できそうでなかなかできることではありません。フィクション的に考えれば、本筋とは関係ないところに枠を使い過ぎている的な評価になりがちですし、実話ベースで、しかも昔の話をしているという書き方であればなおさら、誰彼を倒した、誰と飲み比べをしても負けなかったといった景気のいい話を前面に持っていきたくなるもので、ちょっと残念な話は割愛されていることが少なくありません。

世に出ている作品で削られているということは、その判断も間違ってはいないということにもなってきますが、本作ではあえてそうした残念な部分を残すことによって、より人間味溢れる本物感が強められていると言えます。

また、岸和田少年シリーズは多くで言われているような「不良たち」の物語という以上に「少年たちの日常」を記したシリーズであるとも言え、特に本作ではその傾向が顕著です。登場人物の性格も文体も明るいので見落としてしまいがちですが、小学生の頃は父親や家族たちに喧嘩をけしかけられ、何だかんだと仲良さげだったチュンバが、少し歳が進むと難しい家庭環境に嫌気が差し、家にはあまり寄り付かなくなっていたりします。

同じようにとりとめのない話をし、笑い、敵とは喧嘩をして生きていながらも、年齢や立場の微妙な変化によって感じ方が変わってくることを実にサラッとではあるもののきっちり記している点は重要です。

本作ラストの、チュンバが長期拘留も覚悟して臨んだ「最終決戦」の具体的な描写は一切なく、一方で部活のランニングを抜けて買い食いに行った話にしっかりとページが割かれたりしている点に、本作のスタンスとヒットの理由を見ることができるかも知れません。何度も警察の厄介になり、なおも相手に喧嘩を仕掛ける人よりも、部活をサボったことのある人の方がずっと多いことは自明であり、その「あるある感」が、よく考えなくてもとんでもない生活をしているチュンバたちと読者の距離を縮める作用をもたらしていると言えます。

カオルちゃんという「怪物」の登場が、作品、シリーズにもう一つの特性をもたらした

そして本作の終盤に入ったあたりで、シリーズでも随一の存在感を誇る「カオルちゃん」が登場してくることになります。喧嘩をやるために生まれてきたような巨体とメンタリティーを誇る恐るべき「怪物」であり、作中の人間は誰もかないません。コブシに物を言わせられる局面ならまさしく最強にして最凶。格下はおろか弱者にさえ力を振るってきますが、妙な愛嬌、憎めなさがあります。

本来こうした実話寄りの作品には、こうした怪物はあまり出てきませんし、出てきてもインパクトが控えめになることが少なくありません。どんな人であれ突き詰めれば「大勢の中の一人」にとどまる確率が圧倒的な以上、必然的な結果でしかないのですが、カオルちゃんの個性はそうした「枠」から強烈にかけ離れたレベルであり、であるが故に、作品全体に他とは一線を画する個性が生まれていると言えます。チュンバたちが活躍するシーンはどこまで行っても「日常青春モノ」なのですが、カオルちゃんが登場するシーンは「怪獣映画」的な色彩を帯びるのです。小説のシリーズだけでなく、映像シリーズとしても大変好評を博したカオルちゃんほどの「力量」がある人と濃密に絡み合うことで、本作の色彩はより多彩で鮮やかになったとも言えるでしょう。

「昔話」で語られるようになった不良物語 岸和田少年愚連隊と「不良時代」の終焉

とりわけ、少年たちを主力の読者層に見立てた漫画などのジャンルにおいては、数十年、常に「不良モノ」の作品が登場してきました。喧嘩、番長、暴走族等々といった概念は比較的日常の現実に近いものであり、今を描写するような形で作品が作られていきました。

しかし、ベビーブーム、管理教育時代を過ぎ、バブル崩壊後の「ゆとり教育」時代に入っていく頃になると「不良文化」は急速に廃れ出し、誰が勝った、負けたといった武勇伝が巷の噂にのぼることも少なくなっていきます。

そんな中、世に出てきたのが「昔の話をする形でつづられている」岸和田少年愚連隊シリーズです。つまり、当時からさらに数十年も前の「不良少年」たちの人間模様であり、リアルタイムを描いた作品群よりも多くの支持を集める結果になったとも言えます。もちろん本書は前述したような特徴があり、全体的な実力が非常に高かったわけですが、ここ最近「不良系昔話」作品を多く目にするようになったことからしても、偶然とは言いにくい部分があるでしょう。

「不良」ないしは「やんちゃ」的な立場を維持しつつ活き活きとリアルに書くにはその頃を舞台にする他に選択肢は少ないのが現実であり、実際に本シリーズを読み進めていくと、歳を経るにしたがってやんちゃではいられなくなるという部分も如実に描かれています。その点で言えば、チュンバたちが経験していった「行き詰まり」を、数十年遅れて読者も追体験する側面も含まれているように思えます。

不良系でありながらも日常を極めて大事にし、等身大の物語でありながらも「怪物」が最強の椅子に座り、不良を描きながらその時代の終焉を示す……、こうした相反するいくつもの要素が渾然一体となり新たな色を作っているのが本作の魅力であり特徴だと言えます。シリーズは、時系列ごとに進み、登場人物の立場も変わっていくのでそれぞれ異なった面白さがありますが、やはりもっとも屈託のない少年時代を前面に押し出した本作には鮮烈な魅力と瑞々しさがあります。

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愛すべき悪ガキの青春物語

作者の実体験を元にした物語この物語はタイトルにもある通り、大阪府岸和田市が舞台となっている。 岸和田市出身の有名人といえば、元プロ野球選手の清原和博がいる。 自分が岸和田を知ったきっかけは、テレビで見た「岸和田だんじり祭り」がそうである。 岸和田だんじり祭りといえば毎年9月に行われ、テレビなどでもよく取り上げられているので目にした人は多いと思う。岸和田自体かなり治安が悪いらしく、気性が荒いのが特徴らしい、作中でもそのように書かれている。 1996年には、井筒和幸監督、ナインティナイン(岡村隆史、矢部浩之)主演で映画化されている。 物語は1970年代(昭和45年頃)ヤンキーという言葉もまだなかった時代、主人公リイチことチュンバと、その仲間のケンカに明け暮れる日常を中学、高校時代を軸に書かれているのだが、彼らのケンカの描写が本当に信じられないくらいエグいのだ、鉄板をカバンに仕込んで、それで相手の...この感想を読む

4.54.5
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