アフリカの黒歴史に踏み込んだ作品
歴史の闇に切り込んでいるか
2010年作品。主演のマルゲを演じたオリヴァー・リトンドはケニア人ですが、監督のジャスティン・チャドウィックも、主演のナオミ・ハリスもイギリス人のイギリス映画。
まず前提として、この作品の日本語タイトルであるとか、メインビジュアルの雰囲気で、「アフリカの心温まるいい話」みたいな着地を期待して観るのだとしたら、やめた方がいいです。これはケニアの歴史の闇に切り込んだ、シリアスな映画です。
侵略者として、ケニアという国をかつてめちゃくちゃにしたイギリス。そのイギリスが、ケニアにおけるイギリス人の負の歴史に向き合っているという意味においては一定の評価はしてもよいと思います。
現実認識として、まだまだ手ぬるいものの、イギリスが一方的な侵入者であり略奪者であること、部族間の争いは「従えばいい思いをさせてやる、従わなければ殺す」とイギリスに二者択一を迫られたためだという部分の認識もしっかり登場人物の台詞に反映されています。少なくとも今の日本政府の姿勢に見られるような歴史修正主義的ではないという点で及第点です。
公開当時、イギリス国内では保守系メディアがこの作品を感情的に酷評していたというから、それなりに率直に、痛いところを突いているのでしょう。
しかし、部外者である一日本人としてこの映画を観ると、この作品には目を覆いたくなるような、ある種ショッキングな残虐な内戦の描写が多くあって、一見あけすけに真実が語られているような印象を観る者に与えますが、実は主に同胞同士での殺し合いや拷問を描き、フィクサーであるところのイギリス人たちの影は極端に薄いものになっており、違和感があります。
イギリス軍側のキャストでは重要な役者は起用されておらず、台詞もほとんどなく、とにかく全体に印象が薄い。暴力であれ、拷問であれ、手を下すのはいつもケニア人なのです。そういう部分では正直もやもやが残りました。
いずれにしても、クライマックスでマルゲが「過去から学ぶべきだ。そして前進し続けるんだ」と言ったとおり、ドイツしかり、イギリスしかり、あったことはあったとまず認めることからしか始まらないのだと映画を見て改めて思います。
それだけに、あったことをあったと認めず、教科書を改ざんしたり、メディアをコントロールしたりという姿勢が強く見られる今の日本の状況は、一見まだまだ平和なようですが、非常に危険な兆候だと思えてなりません。
強いは明るい。主演の二人が魅力的
近年、実話を基にしたお話の映画化は珍しくもなく、むしろ優れたオリジナル脚本の映画に出会う事のほうがよほど難しいくらいですが、こういう作品においては、やはり「これは真実のことなのだ」という前提が強い説得力を持つと思います。言い訳の余地を与えないというか。
エンドロールで本物のマルゲが子どもたちと並んで笑顔で写っている写真がちらっと出てきますが、いい顔でした。ウルグアイのホセ・ムヒカ元大統領のように、とても可愛らしいのですね。
映画でマルゲを演じたオリヴァー・リトンドは、どちらかというと威厳のある知的な雰囲気なのですが、本物はむしろ可愛いというのが、ああいいなあ、と思います。本当に強いって、「明るい」に似ているのだと思います。
もっとも、オリヴァー・リトンドという人は、ケニアの元ニュースキャスターだったという人で、マルゲのように読み書きができないどころか、完全にインテリ側の人です。ですが、アフリカ人としての威厳を誇りを持って見せたという点で、これはこれで素晴らしいキャスティングではあったと思います。当初モーガン・フリーマンがキャスティング候補にあったのを監督が蹴ってオリヴァーが演じたというだけのことはあると思います。
ナオミ・ハリスも、今では黒人のイギリス女優では最も活躍目覚ましいひとりで、本作でも一本筋の通った、同時に柔らかいチャーミングさも備えた校長先生だったと思います。
学ぶ喜びを知る映画
政治的な事情のあれこれや、残虐なシーンがあるので、あまり小さい子供が見ると難しかったり怖くなってしまったりということはあると思うのですが、この映画を子供が見る価値はやはり小さくないものがあると思います。
経済的に発展した国では「学校へ行かなければならない」そして「その中の戦いに勝ち、上を目指さなければならない」というモチベーションでもって学校や勉強が語られていますが、この作品を見ると、その前提ががらがらと音を立てて崩れます。この映画はこうした考えがそもそも本末転倒であるということを問答無用に痛感させてくれます。
内戦や裏切り、家族を殺された哀しみから、寡黙でほとんど笑わないマルゲが、つたないアルファベットを紙に繰り返し綴り、わくわくとした笑みを浮かべる姿は感動的です。学ぶ喜びが、老いても病んでいても、人を生かし希望を与えうるのだということを見せてくれるのです。
その上で、たった一世代違うだけで、学べる事は当たり前だと思い、感謝の心もないケニアの若者の姿の描かれていますし、マルゲの学びたいという純粋な気持ちを何とかへし折ってやろうという、日本人には到底理解できないアフリカ人特有の強い嫉妬の社会のありようなども描かれていて、興味深いものがあります。
つまらぬ授業何回分にも相当する、多方面で考えさせられる作品です。
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