ある意味一番バキらしい
迷作と呼ばれる理由
前作「BAKI」の途中あたりからだんだんと雲行きが怪しくなってきたバキシリーズ。その迷走の象徴とも言うべきなのが本作、「範馬刃牙」なのは誰しも頷くところだろう。その血迷いっぷりたるや甚だしく、「バキはギャグ漫画」と呼ばれてしまっている理由のほとんど全てはこのシリーズのせいである。とりわけヒドイのは主人公である範馬刃牙くんのウザキャラ化だろう。今までベビーフェイスだったのが、梢江さんと濃厚な時を過ごして以来、すっかりヒールである。オリバ戦の時の発言のウザさたるや、ある種限度を超えていたんじゃあるまいか。あれはなんだろう、モハメド・アリのビッグマウスあたりの影響だろうか。そのJrをすごいやり方で咬ませ犬にしてたのに。と、作者の迷いっぱなしで駆け抜けた時間なんと37巻、312話。おまけ漫画含めるとプラス7話ほど。その間読者置いてけぼりで突っ走っていたかと考えると、なんだか凄まじいものを感じてくる。で、何がいったい迷作だったのかといえば、ようするに、名勝負の少なさが原因だろう。どっちが勝つのかわからない熱い戦い、そんなバトル漫画の当たり前、抜け落ちたままの37巻であった。見ちゃいられねえ。いや、克己対ピクルは熱かったけどね。でもあとにバキが控えてるのみんな知ってたので、どうあがいても克己が負けることはわかっていたのだった。魅力の薄くなった主人公がいいところを持っていく展開に、読者がイライラしていたのは、しかし愛情の裏返し。ここまで愛されている漫画も珍しいほど、みんな大好きバキシリーズ。可愛い女の子とかイケメンとか全然いないのに、これは脅威である。では、その魅力はなんなのか。実は筆者、バキシリーズの真髄をこの「範馬刃牙」に発見したような気がするのだ。
バトル漫画とは似て非なるもの
と、見出しにドンと張り出してみたが、少なくとも「グラップラー刃牙」はまっとうにバトル漫画だったと思う。「BAKI」の途中あたりまでもそうだろう。だが、この「範馬刃牙」は少しだけバトル漫画とはズレている。正確に言えば、それまでシリーズ全体に散見されたちょっとズレがここへ来てメインを張ったというべきか。それはズバリ、なんだか伝わってこない「強さの表し方」である。すごく強いのだと言いたいのはわかるが、ちょっと首を傾げたくなるような例え話。そう、例え話。これがバキシリーズ最大の特徴なのだ。例えがうまいというわけではない。当然ヘタなわけでもない。なのに、伝わってこない。「矢沢永吉のような範馬勇次郎の完璧さ」とか言われても、それって強いの?と聞きたくなる。聞きたくなるが、言わんとするところは遺憾無く伝わってくる。この、不思議な感覚。類稀なる表現力で、イマイチ判りにくい例え話を伝えてくる漫画。それがこの「範馬刃牙」なのである。バトルを楽しむのではない!強さの表現を楽しむのだ!それが伝わってこなくとも!思えば最初の頃から言っている「男なら誰もが夢見る地上最強」というキャッチコピー自体、わかるようなわからないような話である。「最強より最愛」あたりは、もはや話をどういう方向に持っていきたいのかわからなかった。そんなよくわからない要素を伝えるためのデートに、「BAKI」は何度も話を中断されていたではないか。というわけで「範馬刃牙」は、そんな板垣さんの一つの持ち味(人によっては欠点かも)が存分に活かされた漫画であると筆者は感じたわけである。普通にそれまで読んできた人にとっては、最大トーナメント編のような名勝負に乏しい本作のスタイルはギャグ漫画にしか思えなかったわけだ。ちなみにそこを否定する気はない。リアルシャドウはギャグそのものである。しかしギャグ漫画には、ギャグ漫画の楽しみ方があるのだ!ここにその魅力と楽しみ方のススメを述べてみようと思う。
前半部分の楽しみ方
「範馬刃牙」の内容は筆者的に二つ。つまり、親子喧嘩とそれ以外である。だが、それ以外と一括りにしちゃうのも惜しい要素がたくさんあるのも確かなので、まずはその楽しみ方を考えてみよう。本作の始まりを告げるのはバキのカマキリシャドウ。ここの楽しみ方に関しては筆者が述べる必要もあるまい。見たままを笑えば良い。さて、次に待ち受けるは監獄編だが、ここの楽しむべきポイントはズバリ、刃牙くんの不遜っぷりそのものだろう。一度、彼のウザさを楽しむつもりで読み返してみれば、きっと笑えてくるだろう。で、この編における例え話の面白さは、パックマンである。怪力の示し方に、あんなやり方を選ぶのは板垣先生だけだ。直前のタオルのようにバサっとまではまだわかったのだが、パックマンて。で、そのオリバと刑務所の「外柵いっぱいにハゲワシが並ぶ」ような真っ向からの殴り合いを制する刃牙くん。オリバに殴り合いで勝っちゃダメじゃないかと思うのだが、この時作者は、どうにかして刃牙を勇次郎と殴り合えるくらいに強くしなければいけなかったので、まあ仕方ないのかもしれない。そんなわけでメキメキと強くなった刃牙くん、満を持して読者が待ちに待った勇次郎と激突…しないんだ、あれでなかなか。このタイミングで、作者はピクルというトンデモキャラをぶち込んできたのだった。その事実自体がひとつの笑いどころである。基本的に板垣さんがその時ハマっているものを描いていく漫画なので、仕方がない。だがピクル編は、今作全体で見れば名勝負の多いターンだと思う。無論、ピクルの存在自体に疑問を持たなければであるが。烈海王との死闘、克己の灼熱、普通にバトルとして楽しめる。で、ピクル編を終えていよいよ始まる親子喧嘩だが、ここが本作最大の見せ場である。
親子喧嘩という名のナニカ
ぶっちゃけこの漫画、ここ以外いらなかったんじゃないかってくらいに見所たくさんだ。作者がわけのわからないゾーンに入っているんじゃないかと思うくらいに、表現が冴え渡っていたと言える。その始まりを告げるは、悪魔のような見た目の脳!なんだそりゃ。だからなんなんだってことに一話使っちゃうその表現スタイルには尊敬の念を禁じえない。そして始まる勇次郎さんの規格外アピールのなんと長きことか。雷が落ちるくらいトンガってるとかどうでもいいと、言わないのが板垣流である。そしてコーヒー座談に水いらず。今宵、親父と、水いらず!って、すごい煽りだ。史上最強がいただきますをするかどうかって、重要な要素だろうか?二人でのレストランも、ジャケットの着用は必然!とか言ってるけど、これ何漫画?そうだね、バキだね。で、ついに始まる二人の勝負は、しかし、誰がどう見ても親父のほうが強いのがまるわかり。普通の漫画ならそんな闘い、すぐに終わらせなければなるまい。ハラハラがない闘いなんて、必要ないと思うのが当たり前である。その勝負を7巻に渡って書き抜くという荒業、もっと評価されるべきと言わざるを得ない。一度に読めばけっこう楽しいのだが、連載で読んでいた人はもういいわ!と怒りたくなったのも頷ける話である。くどいもの。だが、範馬勇一郎の必殺技「ドレス」に関しては、珍しく本当に強そうだったと思う。密室のハンマー投げとはよく言ったもの。あの描写の優雅さ、勇次郎らしさは間違いなく名シーンである。そしてそれらを超えて現れる、伝説のラスト、エア夜食。団欒じゃねえか!と驚く独歩さんのセリフが、今作で一番笑ったポイントである。伝説的空手マスターというキャラクターを、何もそんな風に驚かせることないだろうに。しかしながら、筆者はこの漫画最大の目玉、地上最強の親子喧嘩がかなり好きで、何度も読み返している。この親子喧嘩の中に漂う何とも言えない、バキイズムが、たまらなく好きなのだ。
これがバキらしさ
名勝負のある漫画は、珍しくはない。有名な少年漫画なら大体あるといっていいだろう。そんな中でバキが輝く理由…それは、なんだかよくわからない話をとんでもない説得力で表現されるというこの点にこそあるというのが、筆者の見解である。そう、ここまで散々語ってきた意味不明さ、これこそがバキなのだ。バキの面白さなのだ。勝負を決する漫画とは、そこんところがちょっと違うのだ。確かに名勝負はある。しかし、肝はそこにはない。ほかの誰にも真似できない、板垣先生らしさは「エア夜食」を大真面目に描く意味不明の世界観にある。格闘技を話のベースに置いてるくせに超科学であったりするのもその一要素だろう。ほかでは決して味わえない、真面目かギャグかも判然としない、真のオリジナリティ。それをこの、「範馬刃牙」の中に見た。あと、失禁描写の多さにもか。
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