サブロー信長の魅力
今時っぽくない点が逆に魅力的
私は、1巻が出た時からずっと、この作品のファンだ。
最初に表紙を見て思ったのは、「決して絵が抜群には上手くない」という事だった。加えて、今時でもない。だが、そこが逆に魅力だった。
漫画の絵柄は、第一印象を担う本当に重要な部分だ。いくらストーリーが良くても、あまりにも絵が下手だと読む気になれない。この作品は、いわゆる今時の絵ではないし、苦手だと評する人もいるだろうが、私はこれもこの作者の味だと思っている。サブローはちゃんとイケメンに描けているし、癖のある人物はちゃんと面相にそれが出ている。何より、最近の若手漫画家の中で、ここまで上手に老若男女を描き分けられる作家がいるだろうか。そしてそれは、歴史ものであり、沢山の癖のある人物、高齢の人物が出てくるこの作品にとって、とても重要なポイントである事は間違いない。ある意味、この作品は「今時のすっきりした絵」ではないからこそ、成功したとも言えるのではないだろうか。
作品をほんの少し読み進めてみると、今時っぽくないのは絵柄だけではなく、登場人物の口調もそうである事に気がつく。
「してんじゃねえよ」といった乱暴な言葉遣いは使われていない為、今時っぽさはなくなったかもしれないが、その代わりに言葉遣いの悪さを嫌う年代層にも受け入れられるだろう。多くの漫画は読むと子どもの言葉遣いが悪くなる…といった事も起こり得るが、この漫画の場合、その心配はなさそうだ。そのストーリーの面白さからも、老若男女に受け入れられる要素を十二分に持っている。くどいようだが、「今時っぽくない」のがこの作品の一番の魅力だ。
原作帰蝶の魅力
1巻が出た時からずっと、この作品の映像化を期待していた。
その期待通り、ドラマ化され映画化されたわけたが、原作の良さを大いに反映できていた…とは言い難いかもしれない。
そこが、漫画の映像化の難しいところだ。多くの原作ファンが納得できない…という事もあり得る。この作品の場合も、意見が大きく割れているようだが、私としてはドラマはドラマとして、原作とはだいぶ違うのだという事を認識する必要があるとは思う。面白いかどうかは別として。
キャラクターも、ドラマと原作とではだいぶ違っている。
その代表が帰蝶。彼女はドラマでは随分と気の強い女性になっていた。おそらく、戦国の世を生きた女性として見た時に、原作の彼女はおしとやかで優し過ぎる、インパクトに欠ける…等の理由があったものだと思う。が、原作の帰蝶は本当にただのおしとやかな女性だろうか?彼女はサブローの「信長は、天下をとる男だぞ」という言葉に頬を赤く染めているが、それは戦国の世を生きる女性だからこそではないのだろうか。サブローが義父である斉藤道三を助けに行くもかなわず帰って来た時、帰蝶はサブローを責めなかったどころか、泣き言の一つも言わなかった。それは、乱世を生きる女性として、父の生き様をしっかりと受け止めていたからだろう。「殿のお優しさだけで十分です」と涙を流す帰蝶に、私は胸を打たれた。さすが戦国の女性と言うべきか。芯が強く、女性らしいたおやかな美しさを持つ帰蝶は、十分に魅力的なキャラクターだと私は思う。
歴史を上手く取り入れているからこそ面白い!
この作品の面白さは、なんと言っても「実際の歴史を上手く取り入れているところ」だろう。
もちろん、学説も諸説あるしどの説に添うかによって違いは出てくるだろうが、作者がかなり勉強されている事は明白だ。そして、諸説ある中からうまいこと面白くなるように作品を作っていく手腕は、本当に素晴らしいと思う。
「織田信長」と言えば、歴史上の重要人物として真っ先に名前があがってくる内の一人だ。それだけに、織田信長をテーマにした小説や漫画、ドラマ等の作品は多い。有名な人物をテーマにすればするほど、オリジナリティ溢れる魅力的な作品を作る事は難しくなるし、歴史ファンも多いが為に、生半可な作品では非難されるばかりともなりかねない。歴史的に資料が多ければやりやすいかと言うと決してそうではないだろうし、信長の場合、目を通すべき資料はかなり多かっただろうと思うが、それをあれだけ面白い一つの作品として作り上げていけるというのは、本当にすごいと思う。
思ってもみない展開
最初にサブローが戦国時代へタイムスリップして始まるこのお話だが、驚きなのは、サブローの他にも「タイムスリップした重要人物」が複数人いる事だ。作品の設定として、タイムスリップもの自体は珍しくないが、他の重要人物にもタイムスリップした人がいた、というのは、あまりなかったのではないかと思う。その点で斬新さを感じた。
斉藤道三もまた実はタイムスリップしてしまった元おまわりさんだった、というのには、本当に驚いた。それが物語の勢いにもなったし、今後の伏線にもなっていると私は思っている。
もう一つ斬新さを感じたのは、秀吉が実は今川の間者だったという設定だ。それに、上杉の間者であるお雪ちゃんが、歴史の教科書を代々伝わる兵法書か何かだと勘違いしていたのも面白かった。そして何より、明智光秀が実は本物の信長、というのが意外性に満ちている。いずれ光秀とは決別してしまうはずだが、一体この作品ではどのように描かれていくのか?とても楽しみである。
一体どこでどんな驚きが待っているのか、というのもこの作品を読むの醍醐味の一つではないだろうか。
サブローの魅力
たまにこの作品のレビューなどを読んでいる際、「サブローがひょうひょうとしすぎている」といった意見を目にする事がある。
感じ方は人それぞれだが、サブローはひょうひょうとしているからこそサブローなのだ、と私は思う。もし、サブローがびくびくおどおどしていたら、それはもうサブローではない。
彼は、タイムスリップする前はいつもつまらなくて、それが表に出るから先生からは注意されるし、上級生から絡まれていた。しかし絡んできた上級生に対し怒りや恨みを抱く事もなく、「つまらないんだろうな、俺もつまらないからよく分かる」と相手に対して理解さえ示していた。この出だしで、おそらく多くの読者が彼に魅力を感じた事だろう。私もその一人だ。
しかしそんなサブローも、さすがに戦国時代にタイムスリップした直後は、現実を受け止めきれていない。最初は時代劇の撮影か何かだと思っていたし、どうやらタイムスリップしてしまったようだ、と分かった後は、どうにか現代へ帰ろうと、木から飛び降りてみたりしている。そこで帰蝶と出会い、おおらかな彼は現代へ帰る事も忘れて彼女と遊びに行ってしまうが、たまにファミレスでお腹いっぱい食べている夢を見ているあたりからも、タイムスリップしてしまったストレスを受けている事が読み取れる。ただ大騒ぎしないだけで、彼だってやっぱりショックはあったのだ。
しかしそんなショックや不安を大っぴらに表に出さないからこそ、サブローはカッコいい。時には木の上に登り一人想いにふける事もあるが、そんな彼を見て密かに涙する家臣もいて、読者は胸を打たれる。
サブローは、くよくよ心配するより、きっとどうにかなると考える。そしてそれは単なる楽観視ではなく、彼はちゃんと自分にできる事を考え探し、実行している。だからこそ、いきなり戦国時代にタイムスリップしてしまい、織田家を率いる立場となってしまっても、乗り越えていく事ができているのだろう。
そして彼のすごさは、「決断力」にもある。普通なら迷ってしまうような局面でも、サブローは迷う事なくどちらに進むか選べるし、時には潔く負けも認める。これはそうそう誰にでもできる事ではないだろう。負けを認めるという事は、己の足りない部分や弱さを認めるという事。これをなかなかできなくて苦労したり命を落としたりする人もいるのだから、サブローの潔さは大きな強みだ。
癖のある人物が多く登場するこの作品の中で、実は一番癖のある人物はサブローだと言えるのではないだろうか。主人公のキャラクター作りは作品の中で最も重要、と言っても過言ではないと思うが、この作品はその点でも見事に成功していると思う。
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