美しい映像で滑稽で悲しい人間模様を描き出す
前提条件から、足元からガラガラと崩れてしまう
2010年作品。吉田大八監督の作品ではじめて見たのは「桐島、部活やめたってよ」でした。タイトルにもある、皆の中心人物である肝心の「桐島」自身がとうとう最後まで映画に登場しないという非常にトリッキーな作品で、その変わった趣向を含めとても面白く見ました。その後「紙の月」も見て、遡って長編三作目となるこの作品。この作品も、やはり観る者がちょっと愕然とするような展開を含んだ作品になっています。
この監督はいつもオリジナル脚本でなく原作のあるものを映画化する監督ですので、そういった「前提条件から、足元からがらがらと崩れてしまう」ような転換を含んだ物語に監督自身が心惹かれるのかもしれません。
初期の2作は未見ですが、近作の3作においてはどれも作品のピークであり種明かしがなされた瞬間に、観る者は映画のはじめまでがーーっと遡って回想され、そこここにちりばめられたヒントや布石に思い至りうならされ、そこに至るまでの人物の人生に思いを馳せることになります。この監督はきっと「ユージュアル・サスペクツ」とか「スティング」とか好きなんじゃないかなーと想像します。
いずれにしても、ラストの驚きと大きな転換が作品全体においての大きな位置を占めるため、原作を読んで内容を知っているかどうかが観る者の感情を大きく左右することにはなると思います。私は西原作品は好きで多く読んでいますが、この原作は読んでいなかったので良かったです。とてもぐっと来ました。
ある種の良い物語は、その作品の「ピーク」にむかって、さりげなく丁寧に布石を積み重ねることで、そのピークの感動を大きいものにするという形を採りますが、この作品も細部にわたるまでの丁寧で注意深い作りが素晴らしく、ラストの愕然には何ともいえない人間に対する愛おしさと悲しさがこみ上げて、思わず涙しました。
南国土佐の漁師町に生きるということを描く
ですが、私にとってのこの作品の素晴らしさはむしろストラクチャーではなく、西原作品の世界観を非常に美しい映像と良いキャストで再現して見せてくれたことだと思います。自分は関西の「瀬戸内海に面した、内陸は大阪神戸へのベッドタウン都市だけれど、沿岸部は漁師町」という地方都市の出身なのですが、この作品には故郷の漁師町の原風景をしみじみと感じさせるものがあります。
東京近郊に住んで、そんな人ばかりではもちろんないですが、ある意味腹の内を見せない東京人に囲まれて生きていると、年を取る毎に「西」のあけすけで時に滑稽で身体に正直に生きている人々が懐かしく愛おしくてたまらなくなることがあります。
大抵の「西」を舞台にした映画やドラマは、いわゆる「大阪のおばちゃん」みたいな、けして上品といえない部分を笑ったり、意表をつかれるような機転が利く受け答えを面白がったり、あるいは京都や九州では方言自体の可愛らしさを個性として見せたりするものが多いです。
それも面白く笑って見てますけど、一方でものすごく片手落ちだなとも思っています。彼らの「振り切れ感」の根っこにあるものを表現しないで、表面に見えてるものだけを面白がっているから。
そういう意味においては、西原作品はどの作品も人間の「根っこ」だけを見つめて描いていきたい作家だと思うし、それゆえ常にハードボイルドですから、その残酷さや厳しさ、救いの無さみたいなものをマイルドに可愛らしくしてしまっては原作が台無しわけで。その「肝」をうんざりしないぎりぎりの塩梅でよく描いていたと感じました。市川準監督の「大阪物語」の凄みには及ばないけれど、好感が持てました。
さらにここは西な上に「南国土佐」。外国を旅していても度々感じたことだけれど、暑い土地では、人はあまり考えるということができなくなるから、どんどん人間がむき出しに生きるようなところがあります。 表裏のない親密な人と人との結びつき。豊かな自然からもたらされる豊富な恵みで飢えることはない。反面、女たちは執着という名の「肉」の恋愛に振り回され、男たちは無力感に絶望し、無責任に投げやりに生きている。何というか、暑い土地に生きる人々は悲しいくらいに動物的で、そんな気分が良く出ていたと思います。
ある種の土地に生まれ育つ、その呪縛のようなもの。温かい泥沼に浸かっているような、心地良いのだけど這い上がる事もできなくて、どうにも身動きが取れない、だんだんどうでもよくなってくる。周囲の大人はだめな奴ばかり。そんなやるせなさ。
美術と撮影、キャストの秀逸
それでも、せつないんだけど、げんなりしないで見られたのは美術と撮影が非常に素晴らしかったのと(トンネルのシーン素晴らしかった)、コアとなる「3人の女の子」であるキャストたちの清潔感によるものも大きいと思います。小池栄子、池脇千鶴(この人はこういうの十八番ですね)、それぞれの薄幸さが説得性があってとても良かったし、江口洋介もどこか存在に現実味がなく感じられるところが良かったなあ。
そして、主演の菅野美穂。とてもはまっていたと思います。可愛かった。この「誰もがだめだめで、まともな大人がひとりもいない」町にあって、唯一まともに地道に生きているように見えたなおこが、誰よりも深い狂気の中に生きていたということ。そのことを周囲の「だめだめな」人たちが深い悲しみと共感を持って受け止め、解決しようとせずただ共に生きているということ。人間の悲しさと愛おしさに胸が詰まりました。
焦点の定まらない笑顔で娘のももに微笑むクローズアップで映画は終わって行きます。ぞっとするような悲しい、透明な表情で、忘れ難いラストでした。
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