女性が活躍する本格ミステリー
本作は、2016年7月ついに累計30万部を突破した超人気メディカル・ミステリー、天久鷹央シリーズの第3巻になります。
作者は『仮面病棟』など病院を舞台とした作品を数多く生み出してきた知念実希人。東京慈恵会病院を卒業後、内科医として勤務している現役医師という珍しい経歴をもつ小説家です。
さて、理系のミステリーといえば、東野圭吾のガリレオシリーズや森博嗣のS&Mシリーズが日本では知られています。どちらもファンが多い作品ですが、その探偵役にフォーカスを当てて人気の秘密を考えてみました。
ガリレオこと湯川学は帝都大学理工学部物理学科准教授、S&Mシリーズの犀川創平も国立N大学の助教授。不可解な問題があると寝食を忘れてしまうほどの集中力を発揮する反面、周りが見えなくなることも多くあり、二人ともいわゆる「変人」で「天才」として描かれています。
そして「変人」の探偵役には必ず常識的なワトソン役が付きもの。これら二つの人気シリーズではどちらも男女がペアとなって謎を解いてゆきます。
つまり、この二つの人気作に共通のキーワードは「変人」「天才」「男女ペア」ということです。
さて本作『天久鷹央の推理Ⅲ』でもそのキーワードを全て踏襲しています。探偵役天久鷹央は目上の人間に対しても「お前」と呼んだり、遠慮なく上司の失敗を患者の前で指摘し面目を潰すということもしばしば、という立派な「変人」。しかし一度カルテに目を通しただけで担当医が匙を投げたような症状に適切な診断をつけるなど、誰もが認める「天才」です。そしてワトソン役の小鳥遊とは「男女ペア」になります。
しかし、その「変人」で「天才」な探偵役が男性でなく女性というのが、日本ミステリー界では少し目新しいのではと思います。
世界の女性探偵
世界中を見渡してみると、女性ミステリー小説家といえばアガサ・クリスティーやパトリシア・コーンウェルなど海外では少なくないのですが、日本でそもそも本格ミステリーを書く女性ミステリー作家というのは意外にも多くはありません。
同じように女性探偵を主役としたミステリーといえば、更に数が少なくなります。
世界的に有名なのは、やはりアガサ・クリスティーのミス・マープル。また、エラリークイーンは著者名と探偵名が同じというパターンですが、やはり女性探偵としてよく知られています。しかし、枚挙に暇がないというほどではなく、人気シリーズになればなるほどやはり探偵役は男性が圧倒的に多い印象です。
このように世界でも少ないので、当然日本でもその数は限られています。
女性探偵はなぜ少ないのか
まずミステリーが生まれた時代背景にあります。女性が活躍する時代というのは今では当たり前のようになっていますが、男女雇用機会均等法が制定されたのは日本ではなんと1985年。まだ30年程度しか経過していない、ごくごく最近のことなのです。世界的にみても、ドイツなどの女性活躍先進国でもいまだ男女の賃金格差問題は根強く残っています。ましてや探偵は警察と同じくらい知識や体力が必要な職であるので、女性探偵というのはそもそも大衆に受け入れられにくい設定なのでしょう。ちなみに日本で女性警察官が誕生したのは戦後まもなくでしたが、いまだ女性警察官の数は全体の1割にも満たないのが現状です。
勿論現在ではコミックス『薬師寺涼子の事件簿』で有名な薬師寺涼子など、女性が男性より高い役職について現場を取り仕切るという設定も珍しくはないのですが、やはりその数はいまだ圧倒的に男性が多いと言えます。このような事情から、女性探偵というのは非常にレアなものとなっているのです。
それでも時代は、男性より強い女性・賢い女性に魅力を感じるようになってきました。知念氏が生み出した天久鷹央は幼い外見とその中にある膨大な知識で他の男性の追随を許しませんが、そこに今の時代にあった新しい風を感じるのは私だけではないはずです。
日本の女性探偵
さて、さきほど日本において女性探偵が非常にレアだと言いましたが、それでもゼロではありません。やはり国内で女性探偵といえば、「面白くて知恵がつく、人の死なないミステリー」でおなじみ『万能鑑定士Qの事件簿』の凛田莉子が有名ではないでしょうか。主人公莉子が鑑定士として働く傍ら、その膨大な知識をもとに事件を解決してゆく様が新鮮で面白いと非常に人気が出ました。また、同作者の『探偵の探偵』は、女性探偵が悪徳探偵を追うという珍しい設定でしたが、映像化もされるほどの支持を得ました。どちらの主人公もモデルと見紛うような美しさで、その美しさ故に誤解されてしまうこともしばしば。
本作の主人公天久鷹央も、背が小さく童顔で子供のような容姿であることから、どんなに正しいことを言っても信用を得るまで時間がかかることがあります。はじめは軽んじられるのに、話が進むにつれて彼女に頼らざるをえなくなる・・・これは所謂水戸黄門パターンです。「なんだこのジジイ」と乱暴に扱われるも、最後は尊敬の念を持って扱われるという定石。日本人の大好きな勧善懲悪ですので、女性探偵の作品が人気なのもうなずけます。
このように本作は、ただでさえ難しい医療モノで、あまり例のない女性探偵モノで、しかも本格ミステリーという魅力の幕の内弁当な作品なのです。なお、これを読んで女性探偵モノに興味を持った方は、文中にあげた松岡圭祐の『万能鑑定士Q』シリーズなどに進まれると良いと思います。
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