ヒッチコックの攻撃
ヒッチコックとキム・ノヴァクの罠
この映画の監督のことを知らずに観始めると、
「なんてロマンチックなメロドラマだろう」と思ってしまう。
女優が、照明が、音楽が、美術が、全てが美しい。
もちろんヒッチコックは観客が気づかないうちに、そんな優雅な気分から一変してサスペンスへと引き込んでいく。
これこそがヒッチコックが仕掛けたリピートの罠だ。
この映画は大きく二部に分かれる。
一部は主人公の男性スコッティがマデリンとめくるめく恋に落ちていく。
二部ではスコッティが同じように、マデリンにそっくりな女性に惹かれていく。
この構成のなかで重要となっているのが、マデリンを演じるキム・ノヴァクだ。
一部で登場するマデリンは、いわゆる普通の美女である。
まさに映画のヒロインであり、か弱い女性、守りたくなる存在だ。
しかし彼女がカルロッタに憑依された(演技をする)瞬間、まるで霧のようになるのだ。
もちろん演出の効果もあるが、今にも消えていくのではないかという儚さと、霊的な存在感を醸し出す。
そして最後に彼女の本当の姿であるジュディ。
彼女は本当に普通の、暮らしていくためにお金を稼ぐ普通の女である。
この映画はキム・ノヴァクが3通りの女性を演じることで成り立っているのだ。
彼女による3人の女性により作り出されるリピートと、ヒッチコック監督の巧妙な演出によって私たちはスコッティと同様に罠にかけられていく。
ジュディとスターシステム
主人公であるスコッティは、この物語の真実に対して全くの蚊帳の外である。
そういった意味では他のヒーロー映画のように物語を左右するほどの力を持っていない。
彼は非力であり無残にも女に翻弄され、愛すべき人を失いトラウマを持つことになる。
彼は「カルロッタに取り憑かれたマデリン」に取り憑かれ、
その面影をジュディに求めた。
ジュディはそんな彼に対し、いつしか本当の自分を見て欲しいとジレンマを持ってしまう。
これは観客が、役を演じるスターたちに惹かれるのと同じような要素を持つように思える。
スターやアイドルたちに自分たちの理想を押し付けてしまう人たちがいる。
結婚をしたスターに対して「裏切られた」と思う人や、アイドルのスキャンダルを許さない人がいたり。
一方でスターやアイドルたちは、多くの役や曲を演じ、パパラッチなどにより公私の境目を乱されることで、本当の自分がいなくなってしまうのではと悩む。
この不安と似たようなジレンマがジュディにもあったのではないだろうか。
まるでヒッチコックが、スターシステムによる俳優たちへの負担を暗に訴えかけているようだ。
彼女は最後、騒ぎを聞きつけたシスターに驚き転落死してしまう。
このラストには「シスターをスコッティと勘違いした」「元婚約者と勘違いした」と諸説あるが、私が1番好きなのは「死神だと勘違いした」説である。
この時のジュディの心境は、スコッティに対する自己顕示とそれに伴う自己喪失、元婚約者への後ろめたさなど、両方があったと思う。
それに加えて彼女はイタズラに死者を演じることにより、死者を愚弄したという罪悪感もあったのではないだろうか。
映画は全てが作り物である。
小道具ひとつにしても、全てがお金と時間と手間をかけて用意されている。
当然シスターの衣装を着た女優にも賃金は発生する。
この塔でシスターが登場した意味を考えるのも、この映画の楽しみ方である。
めまいショット
この映画を語る上で欠かせないのが”めまいショット”である。
画面中央部の近景は近づいているのに、遠景は遠のいていくように見える。
カメラが前に進みながらズーム機能を使うと、誰でもこのようなショットが撮れる。
現代の映画やドラマでも多用されている、映画史における大発明”めまいショット”を開発したのがヒッチコックであり、『めまい』という作品である。
この技法がなければスコッティのトラウマである高所恐怖症に対して観客は共感を持てなかっただろう。
ヒッチコックの攻撃
ヒッチコックをクラシック映画に分類するかどうかは判断しがたいが、
ヒッチコック以前の多くのクラシック映画では、俳優がカメラを直視することはタブーであった。
映画はあくまでも観客の覗き見であり、スクリーンは映画と観客をつなげる媒体であり、その間を遮断する壁である。
この映画での楽しみはスコッティの目線を通しマデリンやジュディを覗き見することなのだが、二部ではそのジュディがこちらに目線を向ける。
これはスコッティを介さず行われる、観客とジュディとの交流であり、私たち観客の覗き見に対する注意であり、物語世界を客観視し真実を知る私たちへ投げかけたジュディのSOSだ。
これにより私たち観客は、この映画との交流を持ってしまうのである。
そして与えられる、より強い緊張感。
まるで悪趣味な覗き見を続ける観客に対するヒッチコックからの攻撃である。
『めまい』が気に入った方は、ぜひ『裏窓』もチェックしてほしい。
- あなたも感想を書いてみませんか?
- レビューンは、作品についての理解を深めることをコンセプトとしたレビューサイトです。
コンテンツをもっと楽しむための考察レビューを書けるレビュアーを大歓迎しています。 - 会員登録して感想を書く(無料)