三次元ミステリーの傑作 - 斜め屋敷の犯罪の感想

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斜め屋敷の犯罪

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三次元ミステリーの傑作

4.54.5
文章力
4.5
ストーリー
4.0
キャラクター
5.0
設定
4.0
演出
4.5

目次

殺人事件の舞台

2012年6月、建築家の安井俊夫氏の「謎解きは設計図と共に」というエッセイが新聞に掲載されました。幼い頃からミステリーファンであった安井氏が、「ミステリーファンが建築に、建築好きがミステリーに、興味を持ってほしい」という思いから、推理小説に出てくる建物の図面を描いたり模型を作成したりしていたという内容です。また、費用の試算なども行っており、『斜め屋敷の犯罪』に登場する斜め屋敷は5億円程度であるという興味深い見積もりが出ています。このように島田作品に登場する”建物”、すなわち殺人事件そのものよりその舞台に関心を持つ人は少なくないのですが、中でもこの斜め屋敷はミステリーファンにとって「館シリーズ」(綾辻行人著『十角館の殺人』に代表される連作ミステリーの総称)並に有名な建物なのです。
では、島田荘司にとって、殺人事件の舞台たる”建物”とは何なのでしょうか。

設計図から作るミステリー

ミステリー小説を読んでいると、最初のページもしくは文中に突然見取り図が出てくることがあります。複雑な構造の建物を舞台にする場合、どうしても図を使って視覚的に読者にヒントを与える必要があるからです。逆に言えば、それがなければ読者が推理するに足りないということです。この種の小説においては、「この建物でないと成立しない犯罪」「この建物だから成しえた犯罪」というものが存在しますし、その意味においては”建物”というのはミステリーの根幹であり最重要マターであるとも言えると思います。

島田荘司もまた、ミステリーの舞台となる”建物”に大変重きを置いています。例えば、『本格ミステリー宣言』(講談社文庫)では次のように”建物”へのこだわりを公表しています。

「斜め屋敷の犯罪」の時は、建物の絵を描いていて、思いついたんですね。僕は絵を描くのが好きだから。(中略)要するに「絵」ですね、考えてみれば。文章で考えるものではないんですね、トリックというのは。文章が二次元世界なら、絵は三次元の発想というところがある。」

つまり、多くの作品に見られる島田流トリックというのは、まず”建物”ありきで、三次元の発想で考えられたものということです。ミステリーには今や大変多くの種類があり、殺人方法に重きを置くもの、動機に重きを置くもの、心理描写に重きを置くものなどがありますが、”建物”にここまでこだわりを見せた本格ミステリーというのは島田荘司が祖であると言っても過言ではないとさえ思うのです。

島田荘司はデビュー作『占星術殺人事件』で、かの有名な「読者への挑戦状」を叩きつけたことからもわかるように、常に読者の想像を超えるミステリーを作ろうとされています。そして、読者の想像を超えるということは、一つ上の次元、つまり三次元で考えることであるという結論にたどり着いたのです。

そして、その三次元ミステリーの代表作が、本作『斜め屋敷の犯罪』であると私は思います。

斜め屋敷とは

では、斜め屋敷とはどのような舞台でしょう。場所は北海道の最北端、宗谷岬の高台。日本を代表する自動車メーカー、ハマー・ディーゼルの創設者である浜本幸三郎が酔狂で建てた別荘です。
冬は一面雪景色といえば聞こえは良いですが、実際は少しでも天気が荒れれば大吹雪。外出が命がけになるような難所です。そしてその名の通り、この屋敷は床が斜めに傾いており、初めて来た客が平衡感覚を狂わせてオタオタするのを見るのを楽しむためにこのような設計になっている、というのが表向きの理由。最後まで読んだ人はおわかりの通り、この建物は完全犯罪を成立させるためだけに建てられた舞台だったわけです。
それを名探偵・御手洗潔が鮮やかに解き明かす姿は、正に本格ミステリーならでは。作品の中盤で現れて、頭の固い刑事達を尻目に最短ルートで回答を導き出す爽快感があります。

ちなみに本作は御手洗潔シリーズとしては2番目に出版されたもので(執筆順で言うと『異邦の騎士』の方が先ですが) 、まだ御手洗の変人らしさが全面に出ています。このようなキャラクター設定が「和製シャーロックホームズ」という呼び名を定着させた所以であるとも言えますが、この姿はまだ御手洗の真の姿ではないように思います。そしてそれは作品を重ねる毎に鮮明に浮かび上がってくるのです。『異邦の騎士』で見せた友情に熱い姿。『水晶のピラミッド』で見せる女性への優しさ。どれも探偵御手洗の持つ魅力です。なので、万が一本作で御手洗の奇行にげんなりした方も、他のシリーズを読んでみるとまた違った御手洗像が見えるかもしれません。


最後に、島田ミステリーでもう一つ有名な”建物”をご紹介します。『暗闇坂の人喰いの木』に登場する「巨人の家」です。イギリスの山の中に建つこのサイコロのような建物は、階段の高さが一段の高さが四フィート(1m20cm)もあり、とても普通の人間には昇り降りすることができません。身の丈が5mもあるような大男でもない限り、とてもこの家に住むことができないことから、いつしか「巨人の家」と呼ばれるようになったのです。

この奇怪な建物が『暗闇坂~』の謎を解く上で大きな鍵となるわけですが、これもまさに「設計図からミステリーを作る」の典型です。
本作『斜め屋敷の犯罪』を読んで興味を持たれた方は、是非こちらも読んでみていただきたいと思います。

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