地味ながら壮大な恋愛映画
続編が出るなんて予想してなかった
前作「恋人までの距離」から9年後に公開された本作。描かれるのは9年後のふたり。
映画の中で流れる時間と、実際の上映時間がほぼ同じなのもこの映画の特徴である「自然さ」を演出するのに一役かっている。
続編が出ると聞いてひっくりかえった。というか、出なくていいとすら思っていた。
ふたりは再会できるのかな、できたらいいな、でもやっぱりできないのがいいのかも・・・どっちにしてもわからなとこがいいななんて思っていたミーハーな私。
再会できていたのならまあそれはそれでいい、もうネタバレしてるんだから他のところで楽しませてちょうだいよ、とちょっと前のめりでテレビに向かった。
1年後、ふたりは再会できていなかったことが判明
見る前から、もう半分くらいは見たようなものだな、なんて思っていた。
続編が出たということはふたりは再会できたということ。あまのじゃくな私は再会できてもできなくても気に入らないのだ。
でもふたりは1年後のウィーンで再会できていなかったことが明らかになる。
ここでもこの作品の「自然さ」が顔をのぞかせて、私はニンマリした。連絡先も交換していないふたりのこと、会えるほうがちょっとおかしい。
ふたりが1年後に再会できていなかったことを知って私は嬉しかった。
ご都合主義的なラブロマンスとはやはり一味ちがう空気感、それが変わっていなかったことがシンプルに嬉しかったのだ。
人の持つエネルギーが目に見えるような作品
私はこのシリーズがやはり大好きだと改めて思った。
前作が好きで今作がイヤという人はあまりいないと思う。逆もまたしかりだ。
基本的に、というか全編にわたってふたりは話して、話して、そして話している。話しているのはお互いの政治信条や近況や、つまりはなんてことない雑談だ。
なのにこの作品はとても美しい。キレイなパリの街並みが舞台だからという理由だけでは説明できないなにかがある。
ふたりの出会いは運命的なものだったった。誰にでも起こることではない。でもきっかけはありふれたナンパだった。
人と人が出会ったときはお互いを知ろうとする。ふたりもそうだった。
でも彼らのやりとりが特別なものに見えたのは、ふたりのお互いへの気持が、移り変わりが、目に見えるようだったからだ。
知りたい、知ってほしい、理解したい、理解されたい・・・その思い、情熱こそが、あのふたりの出会いとこの作品を特別なものにしている。
前作では再会を誓って別れたものの9年後まで再会することはなかったふたりだが、今作ではまだ続きがあるような余韻を残しつつ、映画は終了する。
次もまた、私は前のめりでテレビに向かうのだろう。
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