中毒性の高い『今際の国のアリス』で不条理サスペンスを愉しむ
目次
げぇむの幕開け!夢中でのめりこんでしまう心理戦の面白さ!!
現実世界に満足できない少年が、別世界で命を賭けたゲームに参加させられる。というのは、もはや不条理漫画の定番。それはそれで、ショッキングかつスリリングな一つのジャンル。しかし、その中で明らかに違うオーラを放っているのが『今際の国のアリス』。不条理の王道路線を極めながらも、別格の心理戦で読者を夢中にさせてしまう。読み出せば中毒のように次の巻を欲してしまう。
『今際の国のアリス』は、名前どおり『鏡の国のアリス』をモチーフとしたキャラクター、げぇむが登場する。げぇむは4種類に分かれており、体力型のスペード、知能型のダイヤ、バランス型のクラブ、心理型のハート。4種類、しっかり棲み分けをしていながらも、全てに人間の深層心理が絡んでくる。他の漫画に出てくるようなゲームであれば、単に戦って終わり、弱みをついて終わりとなるようなところを、最後の最後でどんでん返し、人間の裏の裏は表なのかというような際どい方向性に導かれていく。げぇむの予想を裏切られるのは当たり前。
また、クラブのように参加者で力を合わせれば勝てるげぇむもあれば、1人しか生き残れない残酷なハートもある。一緒に喜びを分かち合える爽やかなげぇむがあったかと思いきや、その後は仲間全員で生きたいという気持ちを弄ぶ非情なげぇむが待ち受けている。読者が感情移入をし始めたキャラクターさえ、あっという間に死が訪れる。驚くほど早い生と死の展開に、こちらが振り回されてしまいそう!これはまるで、ジェットコースターを乗っている時の感覚。平坦な道を穏やかに走った途端、真っ逆さまに落ちていく。暗闇のトンネルに入った後は、明るい光が差し込む外へ出る。両極端の性質のげぇむをバランス良く織り交ぜ、読者を『今際の国のアリス』の世界観から開放しない。
『今際の国のアリス』は、漫画というよりテレビゲームに近いと思う。げぇむを第三者的に外側から見るというより、実際に自分がキャラクターを操作している複雑な愉しさがある。それは、物語全体が「ここはこうなってこうなる、次はこうなって終わりだろう」というありきたりな台本通りには進まず、予期せぬ敵が予測できない場面で現れるといったアドリブだらけで成り立っているからではないか。だからこそ、その分、のめり込める。
魅力あふれるキャラクター。一人一人の人物像にリアリティ
不条理漫画でありがちなパターンの一つ、奇抜なキャラクター設定。現実ではありえない言葉遣いだったり、生い立ちだったり。見た目も、特徴を活かしすぎた髪型や服装で浮いた存在だったり。浮世離れした設定で世界観を盛り上げたいのかもしれないが、個人的には萎える。しかし、『今際の国のアリス』は、そうではない。
主人公のアリスも、その友人も制服を着た高校生。ヒロインのウサギや、他のキャラクターもそう。ちゃんとキャラクターの性格や生活にあった見た目をしている。ここで、主人公だからといって、アリスが高校生らしくない能力を秘めていたり不死身に近かったりしてしまうと興ざめしてしまう。また、ウサギに関しても、ヒロインは守られるべき存在として慎重に扱われていたなら女性読者は好意的に感じない。皆と同じように怪我をし、危ない目に合うからこそ、ウサギの芯の強さや健気さに感情移入する。アリスもウサギも普通の少年少女としてげぇむに挑み、お互いに守り守られ助け合い、時には気持ちが通じない事もある。このように、どこにでもいるようなタイプのキャラクターがメインで活躍しているから、一層、げぇむの非現実感が目立ってくる。
魅力的なキャラクターが多い『今際の国のアリス』の中で、私が気に入っているのがクラブのキングであるキューマと、ハートのクイーンであるミラ。この二人はげぇむの内容から判断しても正反対の性質。皆で協力すれば勝てるクラブ、1人しか生き残ることができないハート。まさしく、二人の内面を表しているかのよう。キューマは仲間思いで、義理人情に厚い。あっけらかんとした発言の裏にある優しさや思いやり。ある意味、皆で協力すれば勝てるというクラブのキングに最もふさわしい人物。彼の出番は嬉しいけど、アリスとは戦ってほしくないという葛藤。最期も潔くかっこよかった。
そして、そんなキューマと相反するミラ。ミラは人間の義理人情、優しさや思いやりを信用していないのではないか。だからこそ、わざわざ残忍な手口で心理戦を仕掛けているようにしか思えない。ミラの過去は暴かれていないが、もしかすると本当は傷つきやすい女性だったのかも。仲間を信頼して痛い目に合ったのかも。純粋にアリスとのげぇむを楽しんでいるミラの姿を見ると、あの残酷なげぇむのクイーンだとは考えられないほど可愛らしい。ミステリアスで、もっと知りたくなる。
そんなキューマとミラの共通点。それは無邪気さ。二人とも性質は違っても、げぇむの瞬間は心底幸せそう。アリスやウサギ、チシャやボーシャも一瞬、げぇむを楽しんでいる様子はあるものの意味合いが少し違う。アリスやウサギといったプレーヤー側は、今際の国に囚われている身として、鬱憤をげぇむにぶつけるストレス発散型。キューマやミラのディーラー側は、自分の才能や命をげぇむという場所で試す一か八かのギャンブル型。おそらく、アリスやウサギが全てのディーラーに勝っても、今際の国の住人にはならない。それくらい、ディーラーのギャンブルに賭ける魂は常軌を逸している。
また、『鏡の国のアリス』の大ファンとしては、『鏡の国のアリス』をもじったキャラクター名も好きなポイント。『不思議の国のアリス』からもじっていると説く読者もいるが、私はもっぱら『鏡の国のアリス』推し。なぜなら、クズリュー(九頭龍)であるジャバウォックは『鏡の国のアリス』にしか登場しなかったはず。そして、ミラは“未来”ではなくミラー“鏡”とかけているのではないかと考えている。
手抜きがないげぇむの数々!『かくれんぼ』に『どくぼう』『らんなうぇい』
ゲームを主にしている漫画と言えば、回を追うごとに最初の目的から遠ざかってしまったり、ネタ切れを疑わざるをえない雑な内容になったり、結局、途中で飽きてしまう。でも、『今際の国のアリス』には、そういった手抜きが一切ない。その上、どれもが人間の深層心理を利用したサスペンス小説なみの鋭さ。『今際の国のアリス』の表現力は、きっと絵がなくても通用する。小説に書き起こしたとしても違和感がない筆致。
特に『かくれんぼ』は、アリス一人だけが生き残る衝撃的なげぇむ。友人たちと参加するという事は、勝手に全員助かるげぇむだと想像していただけにショックは大きかった。思えば、この『かくれんぼ』に参加した4人は、4人で一つのチームとして成立する。主人公のアリス、能力の高いカルベ、お調子者のチョータ、紅一点のシブキ。既にバランス良く成立している4一組が初期のうちにバラバラになってしまうなんて。ハートのげぇむの無残さを実感すると共に、かくれんぼという馴染みのあるゲームをサバイバルゲームに変えてしまう作者のアイデアに脱帽。一人しか生き残れないという状況の中、いつ出し抜かれるかも分からない緊迫した空気が漂い、疑心暗鬼になっていくアリスの心情も読んでいて辛かった。そして、仲間が決めた“アリスを生かす”という結末。救いがない今際の国という場所で、仲間たちはアリスをたった一つの希望だと思っていたのかもしれない。
『どくぼう』も印象的なげぇむで、他のげぇむとは毛色が少し違う。それは、ディーラーであるハートのジャックの性格によるものかもしれない。他の絵札のディーラーは、げぇむの時間自体を非常に大切にしている。ただプレイヤーを殺せばいいといった短絡的な意思ではなく、げぇむの中で芽生えるプレイヤーの快楽や憎悪を垣間見て、自分の人生や価値観と照らし合わすという丁寧な進行だ。なのに、ハートのジャックだけは異端。人を操る快感に酔いしれ、ズルをする事も厭わない。るぅるを絶対とし、プライドをかけてプレイヤーと対等な立場でげぇむに参加するキューマなどとは別物。でも、たまには異端というスパイスも物語には必要なのかもしれない。
そして、『らんなうぇい』。一見、地味にも感じる『らんなうぇい』は、シンプルなのに心の内側に響く優良げぇむだと思う。こういった場面、現実世界にもよくある。ただ、多くの人間はゴールを目指す事が正解だと考えがちで、本当の正解が優しさや思いやりだったりという事に気づかない。過酷な状況下で人間の本心を赤裸々にさらけ出す、ある意味、見たくないものを見せつけられるげぇむ。もし、このげぇむが現実に存在していたら、げぇむおおばぁになる人間がほとんどではないだろうか。
本当にミラで最後??赤の女王がいれば白の女王がいるはず
『今際の国のアリス』が『鏡の国のアリス』をモチーフとしているのなら、赤の女王であるミラとは別に白の女王がいるはず。『鏡の国のアリス』では、赤の女王と白の女王は姉妹。赤の女王が人間の悪の部分を表し、白の女王が人間の善の部分を表している。その為、白の女王が平和主義かのように見えるが、実は幼稚なだけで鏡の国を治める事ができなかった。だから、汚い部分は赤の女王やアリスが代わりにやらざるを得ないといった筋書きがある。
また、鏡の世界に入り込んだ直後、アリスはチェスというゲームに参加している。この事から考えても、『今際の国のアリス』は『不思議の国のアリス』ではなく『鏡の国のアリス』をモチーフとしている可能性が高い。「鏡の国」は「今際の国」、「ゲーム」は「げぇむ」、「赤の女王」は「ミラ」、それなら白の女王は?白の女王の代わりにミラが今際の国を治めているとすれば、アリスがミラに勝った後は白の女王と対決するのだろうか。
『鏡の国のアリス』の中で、赤の女王が「白の女王が一番残酷。私に汚い部分だけを押しつけ、自分は手を汚さない」と言う台詞がある。白の女王が一番残酷なら、ふぁいなるすてぇじは今までとは比べ物にならないげぇむになるに違いない。
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